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フリーライターはビジネス書を読まない(19)

出版契約書を交わす

東京までの交通費は、先輩ライターが出版社に交渉してくれたおかげで、自己負担せずに済んだ。印税と一緒に支払うということで、出版契約書を交わすときに請求書も書いて渡してきた。

出版契約書には、ライターは期日までに原稿を書き上げて出版社に納品し、出版社はそれを複製(印刷)・出版するという基本的な約束事のほかに、販売の責任は出版社が負うこと、(出版部数)×(定価の0.08)の印税を支払うこと、無断で二次利用しないことなど、要するにあとあと揉め事に発展しそうな事柄をあらかじめ想定して片づけておく内容を盛り込んで、書面にしておくのだ。

契約書を交わしたことで、私の初めての著書は、正式にビジネスとして動き始めた。

執筆期間は正味2か月ほど。その間にも、土曜には銀行のカードセンターでオートホーンの対応業務もやっていた。そうすると、出てくるのである。構成案で厳選したエピソードより、もっと面白いエピソードが。

ある土曜日、高知県にある支店から若い女性の声で、こんな問い合わせを受けた。


「今日入金があるはずなんですけど、まだ入ってないんです」


時間は、まもなく閉店になろうかという頃。
『今日は土曜日ですから、残高照会と払い戻しだけのお取り扱いになります。振り込みの手続きをされましても、ご入金は翌営業日となります』
マニュアル通りに案内すると、その女性が電話の向こうで急に怒りだした。

「だって、約束したんですよ! ○○○○○○から今日、300万円振り込まれるはずなんです!」

おっと……、これは……。
その女性が口にした○○○○○○とは、今も第一線で活躍しレギュラー番組もある大物お笑い芸人の名だった。

聞き間違いかもしれないから、よく確かめたほうがいい。
『お客様、失礼ですが確認させていただきます。○○○○○○とは、お笑い芸人の○○○○○○でしょうか?』


「そうですよ。今日300万円……」

『はい、承知しました。少々お待ちください』
同じ警備会社の仲間もカードセンター勤務の銀行員も、このやり取りをニヤニヤして聞いている。
「これはまた、ややこしいのが来たなぁ」という、半分面白がっているときの空気だ。

「どうします?」
銀行員でカードセンターの責任者に指示を仰ぐ。
「月曜に、店まで来てもらって、直接対応するしかないわな」
というので、○○○○○○から300万円振り込んでもらうことになっている女性には、あらためて月曜日に来店してもらうことになった。

その後、店とどんなやり取りがあったかは知る由もないが、休日のATMコーナーには時折こんな想像を絶する客がやってくる。

さっそく先輩ライターにこの話をしたところ「面白い」ということで、構成案の一部を差し替えることになった。

(つづく)

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