フリーライターはビジネス書を読まない(67)
話が変わってきた
柳本が大阪の我が家へ来て、3週間が過ぎようとしていた。
2~3日滞在の予定だったのでは?
そう。その予定だった。
京都で部屋を借りるためには固定収入が条件だと、どの仲介業者からもいわれた。
「コンビニのバイトでも、なんでもします」と悲壮な決意を固めて、柳本はアルバイト情報誌と履歴書用紙を買ってきた。
ちょうど出町柳駅の近くにあるお菓子メーカーの広報担当部署でデザイナーを募集していたので、柳本は「デザインの仕事ができるかも」と喜んで応募した。
果たして、結果は不採用。
理由は、京都に住所がないからだった。
部屋を借りるためには、働いていないといけない。働こうとすると住所が必要なのだが、その住所がないのだ。
「いったん宮城に帰って、もっと周到に準備してから出直したら?」
しかし柳本は、
「全部捨ててきました。今さら帰れません」という。そして「いったん、大阪で仕事を探します。申し訳ありません、もう少しいさせてください」と懇願された。
乗りかかった舟というか、毒を食らわば皿までというか、追い出すわけにもいかないし。
柳本がいうには、大阪で働いている既成事実をつくってから、京都へ移り住むから部屋を探していますという流れにすれば、仲介業者も納得してくれるだろうと考えたそうだ。
我が家から歩いて行けるところに、フリーペーパーをつくっている広告屋がデザイナーを募集していたので、柳本は1人で面接に出かけて行った。
だが、面接前に会社説明を受けているとき「つくりが雑で、私のレベルに合わない」といってしまい、面接を受けずに帰ってきてしまった。
「ここにきた目的を忘れてないか? コンビニでバイトしてもいいとさえいってたのに、デザイナーをやれる会社にケンカを売って飛び出してくるなんて、なに考えてるの」
私もさすがに言葉が厳しくなる。
「あたしにも、プライドがあります」
「今は、そんな状況じゃないよね」
「出て行ってほしいんですか」
(その通り!)という言葉を呑み込んで、
「目的を見失ってませんかという話やで」
「忘れてませんよ。平藤さんにも、あたしを呼んだ責任があります。最後まで見届けてください」
ん? 誰が呼んだって? 柳本の頭の中では、私に呼ばれて大阪へ来たことになってるのか?
「呼んだ覚えはないけど、旦那さんにもあいさつされたから、道義的な責任はあると思ってるよ」
努めて静かにいった。
柳本も、無茶な論理のすり替えだと、自分で分かっているのだろう。黙っていた。
「すみませんでした。だから、仕事を決めるまで、もう少しの間いさせてください」
「本当に決まる? 今日みたいに、面接に行った先でケンカ売ってたら決まらないよ」
「なるべく気を付けますが、プライドが高くて、いっちゃうんですよね」
「抑えようよ。子供じゃないんだから。プライドは今、邪魔にしかならないでしょ」
「はい……」
そういいつつも、ロフトベッドの下は柳本が日に日に充実させていき、いまや「部屋」と化していた。
なぜか、小さな卓袱台まで入っている。小柄な柳本には、ほどよい広さだった。
どんなに猫をかぶっていても、3週間も一緒に生活していると「素」が見えてくる。
柳本は「あたしはプライドが高いんです」というけれど、私から見た柳本は必死で虚勢を張っているように見えた。地元を棄てて、頼る人がいない土地に来て独りで暮らそうという決意とともに「舐められないように」という気持ちの表れかもしれない。
さらに1週間経った。
仕事はまだ決まらない。せっかくデザイナーの求人をみつけて面接に行っても、柳本が自分がいう「プライド」とやらのせいで、
「宮城では、こういうやり方はしません」「手作り感と雑な仕事を履き違えてませんか」「あたしは広告屋じゃありません」などと、相変わらず相手を批判して飛び出してくる始末。
「ここは宮城じゃないんだから、宮城流(?)のやり方じゃないって文句いってもしょうがないでしょ」
「そうなんですが……」
本当は私に追い出してほしいのではないか? そうだとしたら「追い出されたから帰ってきました」と、旦那にも地元の友人たちにも言い訳できる。
折を見てもういちど、今度はもっと強い調子でいってみよう。意外にすんなり帰るかもしれない。
そんな毎日でも私は、スーパーでのバイトは続けていた。
柳本が来てそろそろ1カ月になろうかというある日、帰宅したら、部屋に大きな段ボール箱が3つ積まれていた。
なにこれ!?
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。これ、どうしたの?」
「あたしのマックです」
「は?」
「働きに出ることがムリらしいと分かったので、自分で仕事をつくることにしました。旦那に電話して送ってもらいました」
段ボールの中身はマック本体、キーボード、スキャナ、柳本が宮城でやっていたデザインのデータが入ったDVDの他、これから冬に向かって衣類も入っていた。
柳本は、それらをベッドの下の「部屋」に手際よくセッティングしていく。
(まさか、ここを拠点にするつもり?)
「コンセント、ここから延長コードもらっていいですか」
マジか……
(つづく)
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