フリーライターはビジネス書を読まない(53)
自己破産した女
談話コーナーのベンチに腰をおろして待っていると、早紀子が1人で戻ってきた。
「すみませんでした」と頭を下げ「姉は『疲れたから休む』といって、布団にもぐりこんでしまいました」と、呆れたようにいった。
「そうですか……。申し遅れました、平藤と申します。裕美さんとは――」
あらためて挨拶をして、これまでの経緯をかいつまんで説明した。
「裕美の妹で、山本早紀子と申します」
早紀子は再度、ていねいに頭を下げた。姉と姓が違うということは……、なるほど、左手の薬指に指輪が光っている。
「姉がご迷惑をおかけしました」
たしかに迷惑に違いないが、今はもっと重大な謎に直面している。
「失礼ですが、さきほど生活保護が長いとかおっしゃってましたね? 裕美さんは生活保護を受けてはるんですか。宝石の営業をやってると伺ったのですが」
「ええ、そうなんです。やっぱり姉は話してないんですね。しかもウソまで……」
早紀子から、裕美の本当の生い立ちを聞いた。
インタビューの内容と一致したのは、小学校時代に転校が多かったところまでで、中学を出たあとは年齢を偽って夜の仕事を転々としていた。東北地方にある店で出会って、恋愛関係になった男に捨てられたことで精神を病んで働けなくなり、早紀子が申請して生活保護を受けさせた。ここ1年くらいは落ち着いてきたので、かかりつけのクリニックの医師も「無理をしないていどに仕事をしたほうがいい」とアドバイスしていたという。
生活保護は本人の委任状がなくても、血縁者が代わりに申請できる。裕美は「みっともない」と最初は拒んでいたが、やがて何もいわなくなったらしい。
「だから宝石の営業なんて嘘っぱちで、働いてないんです」
早紀子が申し訳なさそうに肩を落とす。そして「はっ」と気づいたように顔を上げると、
「書いてもらうのはタダじゃないですよね? お金かかってますよね」といった。
「そうですね、仕事として受けてますから」
「ちなみに、おいくらなんでしょう……か」
この際だから、私が払ってもらうことになっている原稿料と、出版社へ払うことになっている制作料を告げた。
「あぁ……、お姉ちゃん、また借金つくって……」
早紀子は崩れ落ちそうな体を必死で支えながら、呻くようにつぶやいた。
「また……といいますと?」
「生活保護を受ける前に借金があったんです。借金があったら申請が通りませんから、自己破産して免責を受けたのに、生活保護を受けるようになってからまたどこかからお金を借りてるみたいなんです。注意しても『免責受けてるから』っていうんですけど……」
「あらためて借りた分は免責の対象になりませんよね!」
「そうなんです。分かってないんです」
早紀子はいまにも泣き出しそうだった。
それはそうと、誰が裕美の保証人になっているのだろう?
「私の原稿料は免除してもいいですよ」なんて、口が裂けてもいうつもりはなかった。話はどうであれ、仕事をした対価は要求するつもりだった。でもそれは裕美に対してであって、早紀子に向かって「代わりに払ってくれ」というつもりはない。
このことは、織田とも相談しないといけない。出版社とは契約書まで交わしているのだ。法的にどう扱われるのか。
「今日はこれで失礼します。出版社とも相談したいことがありますから」
そういい残して、まだ打ちひしがれている早紀子には気の毒だが、先に病院を出た。
(つづく)
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