フリーライターはビジネス書を読まない(57)
京都で会いましょう
ホームページにあげた企画に対して、突如噛みついてきた青森県出身の女性。それからなんとなくメールを交換し合うようになり、気が付けばメル友になっていた。
彼女の名は柳本聡美といい、年齢は26歳。いまは宮城県に住んでいて、夫婦ともにデザイナーだという。
柳本は関西の業界事情を盛んに知りたがった。
「夫は制作会社でチーフデザイナーをやっていて、私はフリーランスです」
田舎の美術短大でデザインを学んだけど関西でフリーランスとして通用するだろうかとか、そもそも使ってもらえるだろうかなど、まるで仕事の拠点を関西に移そうとしているような印象を受ける。
「こっちで仕事をするんですか?」
「そこまでは考えてなくて、関西の仕事も取れたらいいかなって」
「デザイナーなら、こっちにもたくさんいますからねぇ」
「そうでしょうねぇ。ところで――」
と、柳本は「来月、京都へ行くんです。せっかくだからお会いできませんか。いろいろ情報交換できたら嬉しいです」
「京都へはお仕事ですか。営業とか?」
「ちょっとプライベートな用事です。でも観光じゃないです」
宮城から京都へプライベートで訪れるのに、観光ではない? 親戚か友達でもいるのかな。ま、詮索してもしょうがない。
それはそれとして、柳本が京都に滞在する3日間のうち、2日目のランチを京都でご一緒しましょうという話がまとまった。
1カ月後、柳本は「自分が分かりやすいから」と、待ち合わせ場所に京阪電車の出町柳駅を指定してきた。相手が分かりやすい場所で会う。初対面の相手だと、そのほうが確実に合流できる。
約束した時間の10分前、電車は定刻通り出町柳駅のホームに滑り混んだ。降り立った瞬間、携帯のマナーモードが震えた。
「もしもし」
「柳本です。今の電車に乗っておられましたか?」
柳本の声を初めて聞いた。よく通る、きれいな声だった。
だが、どこからかけてる?
「いま降りたところです」
「手を振ってるの、見えますか。階段のところです」
見ると、階段へ向かって歩く人たちの隙間から、黒いロングのワンピースを着た小柄な女性が、あさっての方向に手を振っているのが見えた。たぶん、あの人だろう。初対面どうしなので、闇雲に手を振って見つけてもらおうとしているのだ。
「見えました。ちょうど真後ろです」
といって、私も手を振った。
小柄な女性が私を見つけて駆けてきた。
「はじめまして、柳本です」
「はじめまして、平藤です」
型通りの挨拶をして、名刺を交換する。柳本の名刺には、鉢割れネコのキャラクターが入っていた。自分で考案したキャラクターだといった。
初めて会う柳本はたいへん小柄で、身長が私の肩ぐらいまでしかなかった。体格も華奢で、風が吹いたら飛ばされてしまいそうな印象だ。
「私も1本早い電車で、さっき着いたところなんです」
もしかして、ここで待っていて、電車が入ってくるたびに「今の電車に乗っておられましたか?」と電話をかけるつもりだったのかな?
「それじゃ、ひとまずお昼ご飯行きましょう。ちょうどお昼時だし」
「お任せします」
というので、いったん改札を出て祇園四条までの切符を買った。
このときになって気づいたが、柳本が話す言葉は標準語だった。あえてその理由は訊かなかったが、きっと私にもわかるように気を遣ってくれたのだろう。津軽弁でしゃべられたら、絶対に聞き取れない。
祇園四条へ折り返す電車の中で、わざわざ京都まで来た理由を、もういちど尋ねてみた。プライベートな用事といっていたが、関西の業界のことを知りたがっていた。条件が合えば、付き合いのある制作会社を紹介してあげてもいい。
だが、柳本の口から出たのは、意外な答えだった。
「初恋の人に会いに来たんです」
(つづく)
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