私の考察2 「ゾーニング」とは何か?
大手SNSサイトX(旧Twitter)などSNS上で度々論争の種になる「ゾーニング」。
今回は「ゾーニング」について調べ🔍私なりの考察ををしてみるシリーズの2回目。🤔
【はじめに】
先ずはお約束の辞書を引くところからスタート。▶️
今一つピンとこない(意味が違う?)ので他の辞書も引く。👀
おお~っ、これだコレ。💡
SNSで論争になる「ゾーニング」とは、この❷の意味する商品等サービスの“R指定🔞”や“フィルタリング”のことを指すんだよね。
都市計画のように、工業地と商業地&住宅街を区分けして整備する、シムシティ(都市育成シミュレーションゲーム)のような発想を商品等サービスにも当て嵌めて考える方法。
ゲーム(シムシティ)を実際にプレイした人なら必ず経験するが、工業地の隣りに住宅街をつくると公害や騒音問題で都市が大きくならない。😅(住民が減る・出て行く👋)
現在の日本🇯🇵がインバウンド需要を取り込み観光立国を目指す政策(案)でも「ゾーニング」の考え方は用いられているようだ。
例)京都市の景観条例やカジノ構想や特区構想など
で、SNSなど「ゾーニング」論争で問題となっている点を順番に見ていく。
【背景と考察】
「ゾーニング」での主な争点⚔️
⑴「表現の自由」問題
⑵男女の利用者からの是非
⑶未成年者の利用問題
⑷誹謗・中傷と”荒らし“問題
⑸その他
⑴「表現の自由」問題
「表現の自由」は本邦🇯🇵の日本国憲法21条で認められ、「世界人権宣言(第19条)」でも高らかに謳われている自由主義世界🌎の重要なファクターである。
かように、「表現の自由」は自由世界🌎において根源的な普遍的な権利といえよう。
(フランス革命🇫🇷もアメリカ建国🇺🇸も“自由“を求めた市民の歴史)
但し、「表現の自由」には基になる“自由権”があり、大元が“人権”と呼ばれる。
そして“自由権”は、精神的自由権と経済的自由権と身体的自由権とに分類され、現代の法解釈では二重の基準論や侮辱罪など「表現の自由」も制約を受ける場面も多々ある。
⑵男女の利用者からの是非
✏️上記内閣府のサイトでの(平成21年10月)世論調査結果によると、
最近行われた、某給付金訴訟で弁護団側が行なった国民意識調査では逆の肯定的な結果も出てるけど、過去の調査の多くは(性・暴力描写)に否定的(保守的)な結果が出ている。
茅ヶ崎市 男女共同参画に関する市民意識調査報告書(平成元年)https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/322/gaiyoban.pdf
大阪府 男女共同参画に関する府民意識調査結果について(令和元年度)
https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/29145/00229918/kekkagaiyou.pdf
愛知県 男女共同参画意識に関する調査(平成11年2月発表)
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/danjo/0000005942.html
と、ネット上にいくらでも転がっているのが実情で⋯。😅
⑶未成年者の利用問題
未成年者は上記⑴の人権(自由権)が制限🚫され、代わりに親の保護監督義務や、世界的には「児童(子ども)の権利条約」等がある。
「子どもの権利条約」は日本🇯🇵も参加する国連🇺🇳主導の国際的な条約で、ジャニーズ問題を進展させた国連人権委員会から是正勧告もされている。(慰安婦問題・女性や子どもの性的搾取)
大人の「表現の自由」を最大限に認めれば、反比例するように子どもの権利(保護義務)がおろそかになる。
現在、大手サイトのSNSサイトでは年齢制限🚫(13歳以上)に概ねなっている。
⑷誹謗・中傷と”荒らし“問題
上記の2つ(誹謗中傷と荒らし)のうち、どちらも「(言論・)表現の自由」を文言通りに認めると、インターネット上のSNS等のサイトが立ち行かなくなるという問題がある。
故に、サイトの責任範囲と投稿者の責任を問うためのルール「プロバイダ責任制限法」ができる要因にもなった。
“誹謗中傷”は言わずもがなで、リアリティ番組によると思われる誹謗中傷で命を絶った女子プロレスラー木村花の件が契機で、2022年(令和4年)6月13日「侮辱罪」が改正が成立して罰則強化された。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
【結論】
そもそも「ゾーニング」は、利用者を区画分け(ゾーニング)して、相反する諸問題を解決するためのアイデア💡の一つ。
それを踏まえて、尚も「(言論・)表現の自由」を望む意見は一応理解はできる。
では彼ら・彼女らの望む「(言論・)表現の自由」を実現したと仮定した場合、どのような世界🌍にはたしてなるか?以下考察してみよう。
※以下の考察には論理の飛躍あり※
まず第一に、口達者のマジョリティ男性が優位になることが予想される。
次に子どもと大人の区別がなくなるが、現実には存在する異様なインターネット空間になるだろう。(子どもの権利の大幅な制限🚫)
そして木村花さんの件でも指摘されたように、より女性への攻撃&口撃が激化するだろう。(女性の権利の制限🚫)
この辺りの考察を現実の世界🌎に当てはめるとどうなるか?
「女性の権利条約」や「子どもの権利条約」が出来る前の世界🌏カミナリ親父がいた頃の女性と子どもたち⋯そして自由を満喫するマジョリティ男性。
良く言えば、昭和の頃のありふれた風景、映画『ALLDAYS 二丁目の朝日』みたいな感じだろうか?
何にしても、インターネット上の問題を現実の(現代)法理論で考えてみれば、彼ら・彼女らの主張は自身のための権利の主張(いわゆる“お気持ち”?)でしかなく、問題解決のためのアイデア💡(「ゾーニング」等)ではないという当たり前の結論となるね。🔚
(些か消化不良気味なので後日加筆&修正するやもしれぬ⋯🧐)