怒りのあまり両ワキ毛を全部剃った話
僕は前々職から製造業に従事した。いわゆるマシニングオペレーターというやつだ。
まったく知らない人は↓の動画をちょろっとご覧頂きたい。
図面通りになるよう、穴を開けたりネジを切ったり削ったりして、何に使われるのか全くわからない部品を仕上げていく。
この職場がまあ激務で、入社して一ヶ月目で残業時間は余裕で80時間を超え、退職する前の月は100時間を超えた。
昼と晩のご飯休憩以外はずっと立ちっぱなし、納期が間に合わなければ平気で朝の5時まで仕事をさせ、その数時間後にはまた仕事が始まることもあるくらい狂った職場だった。
そんな狂った職場でも数ヶ月経てば慣れてしまうもので、気付けば立派な社畜になっていた。
この職場の社長は親族経営の二代目、とにかく人付き合いが苦手な人だった。
具体的に言うと、相手の気持ちや考えていることが想像できない人だった。
とある冬の金曜日、僕は数ヶ月前から計画していた友人との1泊2日のスノボ旅行を控えていた。
その金曜日の仕事量はかなりのボリュームで、日付が変わる前に終わらせる事ができるかどうか怪しいレベルだった。
自分は自分のできることを一刻も早くやろうと意気込み業務にあたったが、そもそもそんなに気合を入れたところでどうこうなるレベルではない仕事量だったため、あっという間に、当たり前のように日付は変わった。
別にそんな事情関係なくさっさと上がってしまえばいいのにと思うだろうが、当時はそういった行いをすると、
次の出勤時主任がとんでもなく不機嫌になってたり、社長に呼び出しをくらって説教されたり、ボーナスを減らされたり、パートに落としてもいいんだぞと脅されたり。
とにかく良いことはひとつもなかったし、後々本当に面倒なので勇気を持って帰ることができなかった。
今となっちゃあさっさと帰ってれば良かったと思うし、今同じような状況に置かれている人がいたらさっさと帰って退職する準備をしたほうがいい。
なんか色々思い出してたらイライラしてきた。
日付を超えた時点で製造現場の人間ほとんどが死んだ魚のような目をしていた。
僕も連日の残業の疲労と眠気で同じような表情をしていたと思う。
僕は極力皆が元気になるよう、作業をしながら最後のカラ元気で明るく話を振ったりして場を盛り上げた。皆顔は引き攣っていたが、笑顔ではいてくれた。
そうでもしなければこの異常な環境で気を保っていられなかったし、終わる気もしなかった。
ようやく全ての仕事を終えたのが午前2時過ぎだったろうか。
こんな時間に終わっても社長のとてもありがたいお言葉が聞ける終礼というものがある。
僕「今日は25点製品をあげました。不良はありませんでした。以上です。(早く帰らせろ)」
社長「今日は遅くまでご苦労さまでした。ひとつ君に言わなければいけない事がある。」
僕「・・・?」
社長「いくらこんな遅い時間までやっているとはいえ、お喋りをしながら仕事をするのは辞めてほしい。給料を払っているのはこちらなのだから、就業時間中は黙って集中して早く仕事を終わらせるべきだ。」
僕は怒りで爆発しそうになった。いや確かにお喋りと捉えられても仕方のない内容だったし、傍から見ればキャッキャやっているように見えたかも知れない。
でも午前2時頃大の成人男性がなぜキャッキャウフフやっている状況になっているのか考えられないのか?もう限界超えて頭おかしくなってるんだよこっちは。
よっぽど言い返そうかと思ったが2時間後には雪山へ出発しなければならなかったため、奥歯をギリギリさせ拳をきつく握りしめなんとか黙って耐えた。
しかし帰りの車中でも怒りは収まらず、普段全く聞かないサイバーパンクをとんでもない音量で流しながら
「ゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」
と大絶叫でシャウトしながらアクセルを踏み八王子バイパスを駆け抜け帰路についた。
ともあれすぐに出発するための支度をせねばならない。
家に着きすぐ風呂に入るが、やはり怒りは全く治まらない。
風呂から上がり全裸で洗面所の鏡の前に立ち、ぼーっとしていた。
ふとカミソリが目に入った。疲労と怒りで完全に訳がわからなくなっていた僕はおもむろにそのカミソリでワキ毛を剃り始めた。
ジョリ…ジョリ…なんで俺が…ジョリ…こんな会社ジョリ…許されていいのかジョリ…
気付けば片方のワキ毛が全てなくなっているではないか!!!
ふと冷静になる。片方のワキだけツルツルなのは不自然だ。
そう思うともう片方のワキにカミソリを持つ手が伸びていた。
この時にはもう既に怒りに任せてワキ毛を剃る行為に快感を覚えていたように思う。
クッソ…ジョリ…ボンボンのクセによお…ジョリ…俺がどんな思いでジョリ…明るく振る舞ってジョリ…いたと思ってジョリ…ちくしょう…ジョリ…
両ワキがツルツルになる頃にはもう出発する時間が迫っていた。
出発する頃には両ワキ毛とともに毒気が落ちたような気分だった。
こんな事があったもんだから1泊2日のスノボはそれはそれは楽しかった。
そして初日の晩、たまたま僕が大好きなアーティストNakamuraEmiさんの新曲「大人の言うことを聞け」のMVが公開されていた。
その曲の一節にこんな歌詞があった。
でも大人の言うことを聞け 決して言う通りにしろじゃない
光っていたら信じて 腐っていたら反面教師
聞いて 流して 信じて 捨てて 良くも悪くもお手本だ
これEmiさん僕に向けて歌ってくれているのか…?
あいつはまったく光ってなんかいない。
腐っている。流そう。そして捨てよう。良いお手本じゃないか。ありがとうEmiさん!
この言葉で両ワキ毛とともに心のモヤモヤがスッと落ちきった気がした。
真冬の雪山で、心も両ワキもスースーした出来事だった。
以上。