Mackey fan note023「まだ生きてるよ」
1996年発売のシングル。
この曲に関するエピソードとして、「発売時期、槇原敬之に死亡説が出た事があり、その説を払拭するためにこの曲を書いた」というものがある。自分が知ってる限りでは深イイ話などで紹介されていた記憶もあり、かなり有名な話。
死亡説を払拭するためといっても、歌手としての自分を歌い、そのことをつらつら否定しているなんてことはなく、槇原敬之十八番の失恋ソングに仕立て上げたストーリー。更に失恋なのによりによってクリスマスソング。こう聞くと悲しい要素が多すぎるけど、曲調はかなりノリがよく、歌詞も随所に遊び心があって、個人的には悪名高い『印度式』や、『LUNCH TIME WARS』に次ぐぐらいのコミックソングだと思う。「電気屋」という自身の境遇を反映させたような設定あり、ほぼ全ての曲で一人称を「僕」に一貫している槇原敬之が、この曲では「私」「おいら」「俺様」と、日常でもあんま使わないだろ的な一人称を次々と使っている。同じ失恋クリスマスソングの『涙のクリスマス』と比較すると温度差がえらいことになるが、この曲はこの曲でフラれた男の強がり、それ故の空元気な感じが出ているようにもとれ、そう感じた瞬間妙に寂しくもなる。
カップリング、タイアップなしが響いたのか当時にしては売り上げこそふるっていないものの、「まだ生きてるよ」とひたすら連呼するサビのメロディはキャッチーで覚えやすい。Aメロ→Bメロ→サビと徐々に盛り上がっていく構成もきれいだし、歌詞もストーリーの組み立てがうまい。制作期間などは一切知らないが、前述の制作経緯、カップリングタイアップなしを踏まえると、かなり急に作ったのではないかと思うのだが、もしその予想が当たっているとするなら、急遽でこれほどのクオリティを出せるなら恐ろしいもんだと思う。無敵感がある。(予想が当たってりゃの話だけど、度々考察することなので一応書いておいた。)
余談だけど、冒頭に言った死亡説の話、この話自体は有名だけど、その死亡説が具体的にどの時期、どれほどの信ぴょう性でもって語られていたなどは検索してもあまり見つからないし、当時ファンじゃなかった自分は知る事が出来ないので確かめてみたい。恐らく、1995年頃なんだろうとは思う(この時期、ポリープが発覚したとかで手術などの要因が重なり、デビューから毎年欠かさずリリースしていたアルバムはおろかシングルすらも出していなかったため)。追加で更に余談だけど「死亡説」って2000年代前半頃までしばしば耳にした記憶があるけど、今はネットの普及でホームページ、SNSで日々の状況を伝えられるためか、めっきり聞かなくなった。まあ生きてる人に対して失礼極まりない説ではあるのでなくて結構なんだけど、こういった曲を生み出すきっかけを与えたという点においてはありがたい説だなと思う。
この曲は盛り上がるので、ライブで聴けたらと思っていたら、今年のツアーで聴くことが出来た。自分は初日に観に行ったので当然ネタバレなど一切ない状態だったのだけど、この曲が聴こえてきたとき想像どおりの盛り上がりだったと同時に、あまりに不意打ちだったため、全くそんな曲ではないんだけど泣きそうになっていた。完全に勝手な偏見だけど、この曲と『印度式』はなかったことにされてるんじゃないかというイメージを抱いていたので、予想に全くない曲を聴けると感動するんだなという貴重な体験が出来た。実際には『印度式』もこの曲も自身のラジオで流したりしてるのでなかったことにしてるなんてことはそもそもないが。この勢いで何とか『印度式』もぶっこんでほしい。