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(三題噺)メガネ オレンジ色 カヌー

 都会育ちの息子・タカシの夏休みに、自然を体験させてやろうと渓流下りを計画した雄一郎だったが、カヌーで山奥の川に漕ぎ出してから、思いだしたことがあった。
 それは、自分も都会育ちの大人だということだった。
”川の流れがこんなに早いとは… やめときゃよかった”
 けっして巧みとはいえないオールさばきでカヌーを操りながら雄一郎は、タカシにいった「グランドキャニオンでインディアンにカヌーを教わった」というホラを、はげしく後悔したが後の祭りだった。
 ふたりを乗せたカヌーはすでに20分も川を下っている。
 と、雄一郎のまえに乗りこんだタカシが声をはり上げた。
「お父さん、ほら、岩」
「よし。しっかりつかまってろ」
 急流に乗っているため、みるみるうちに近寄ってくる大きな岩をかろうじてよけた雄一郎の頭の中には、マンションの我が家が懐かしく思い出されていた。
 しかし、生まれて初めてのスリル溢れる経験に興奮しっぱなしのタカシには、目につくものすべてが新鮮な感動らしかった。
「夕焼けだよ、お父さん。きれいなオレンジ色だねえ!」
「ああ」
 はっきりいって夕焼けどころではない雄一郎は、さきほどからカヌーをとめるポイントを探していたが、両脇は切り立った崖で、いっこうにそれらしい場所はなかった。この先どこまでいくのか見当もつかない。
 おまけに日が落ちてきて、視界が悪くなりつつあった。
「タカシ、ちょっとオールを見ててくれ。お父さん、メガネが濡れてよく見えないんで、拭きたいんだ」
「うん」
 ライフジャケットの下に着こんだシャツの裾でメガネをぬぐいながら、雄一郎は、流れがいっそう早くなる、不吉な気配を覚えていた。
 が、タカシはあくまで元気だった。
 またもや、雄一郎に呼びかける。
「お父さん! こんどは虹だよ」
 タカシの言葉のとおり、メガネをかけ直した雄一郎は鮮やかな虹を見た。
 そして、その虹が出ているのが、速度を増したカヌーが向かっている、川から落ちる莫大な水量を受けとめる滝壺からであろうことも…

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