「アニメ新党」
令和9年我が「アニメ新党」の船出は、それはもう、華々しいものだった。
”アニメは日本の主要輸出産業”、”クールジャパン”などと持て囃しながら、現場でアニメの仕事に従事する人々の薄給ぶりには、見て見ぬふりをしてきた、政府。
一方、潤沢な資金を持つ海外のコンテンツ・プラットフォームは、優秀なスタッフを次々引き抜いて、ハイクオリティな、世界的ヒットを飛ばす。
この捻じれた関係を正すべく、結成したのが、我が「アニメ新党」だ。
実際、海外企業の、日本のアニメに対する関心は、ひじょうに高い。
昔、しがない脚本家だったぼくが、ダメ元で、某コンテンツ・プラットフォームに、ある漫画作品の制作を提案した際、真っ先に返ってきた答えがこれだった。
「作品は、アニメですか、実写ですか」
”実写希望”と答えたら、話はそこで立ち消えとなってしまったほどだ。
また、数年前(2024年11月1日)には、アニメ業界で働く多くの人に関わりのあるフリーランス新法が施行されたが、効果は極めて限定的で、とてもではないが、現場の人間にとっての光明になったとはいいがたい。
セル画彩色の仕事に従事している親戚の子が、食うや食わずの生活をしていると聞き、危機感を抱いたぼくは、「アニメ新党」の結成を決意したのだった。
”このままでは、日本のアニメ業界はダメになる”
それからの動きは、じつにスピーディーだった。
仕事がら、つきあいのあったクリエーターたちから支援を集め、業界歴の長い親戚の子のつてで、あちこちのアニメ業界従事者のネットワークに協力を依頼し、知り合いの専門学校(声優)講師のルートからフリーの声優たちの支持を取り付けた。
こうして、日本初の、アニメ業界関係者による、アニメ業界関係者のための政党、「アニメ新党」は旗揚げをしたのだった。
事務局長として、大手国産自動車メーカーの第二労働組合の”ドン”と呼ばれたS氏を招き、党員と雇用先との交渉を手助けするなど、確かな成果を上げ、”弱者の味方”として、世間からの評判も上々であった。
なにしろ、日本は、毎週毎週、数えきれないくらいのアニメが放映されている、アニメ消費大国。
だれひとり視聴者のいない、まったく見られることのない作品など存在するわけもなく、それらアニメの総視聴者数は膨大な数になる。
もし、日本のアニメ業界が滅んだら、最大の被害者となるのは、彼ら彼女ら、アニメファンなのだ。
これまで、支持政党もなく、選挙に関心もなかったアニメファンたちが、こぞって党員となり、「アニメ新党」集会に参加した。
我が党が発行する機関誌に掲載されたり、集会に登場するのが、人気声優やアニメーターであるというのが、強力な追い風となった。
かくして「アニメ新党」は、異例ともいえる短期間に党勢を拡大、結成翌年行われた選挙でも多数の当選者を出し、日本政界に確固たる地位を築いたのだった。
しかし、堤防は、蟻の一穴から崩れてしまう。
沢山の党員を勧誘してくれた元声優や元アニメーターたちを、党の役職に就けるなど厚遇したのが、裏目に出てしまった。
多額の経費を使えるようなった一部の役員たちに、続々と不祥事が発覚したのだ。
経費の私的流用、党員との不倫…
”大人なのだから”と彼らのプライベートに干渉せず、マスコミ対策を徹底しなかったぼくも悪いのだが、もともと裏方が多かった彼らが、選挙によって顔が売れたのも裏目に出てしまった。
声やグラフィックは周知でも顔バレしてなかったのが、立候補したせいで”有名人”の仲間入りしてしまい、しかし、すぐには衆目の的となってしまう環境に慣れず、つい、”自分のことなんて、だれも見てないだろう”と思って行動してしまう。
しかし、浮かれた彼らの行状を、サメのようなマスコミやSNSに載せるネタを始終探しているインフルエンサーたちが見逃すわけがなく、恰好の餌食となってしまった。
せっかく盛り上がった「アニメ新党」の支持は尻すぼみとなり、好感度もガタ落ち。
「あーあ」
我が党支持者数の右肩下がりのグラフを見ながら、ぼくは、ため息をついた。
「第一党となって、フランスの星の王子様に対抗して、”鉄腕アトム”の入った新札を発行したかったのに…」
ぼくの夢は、あえなく潰えたのだった。
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