[11]パイロットまで、あと2年。
「‥‥え?」
「だから、溺れてくれ!」
そりゃそうだ。
東川は悪くない。
「足がつったことにしよう。せーの!」
「いやいや、待ってよ。そんな急に無理だよ。」
「今こそお前の演技力の見せ所だ。
俺を助けると思ってさ!」
「そんな余裕ないって。
頼むからほっといてくれよ」
「俺だってそっとしておきたいさ!
でも、それどころじゃないんだよ!」
「詩音にまた引かれちゃう。」
「大丈夫。あいつは寛容だから。」
このままでは埒があかない。
俺の膀胱も限界に達しようとしている。
実力行使だ。
「お、おい!東川!!大丈夫か?!
詩音!ちょっと止まってくれ!
ブン太も左側を頼む。‥…?なに?
足がつった!それは大変だ!
教官!一旦船にしがみつかせてください!!!」
必死の猿芝居を1人で繰り広げる。
教官が無言で頷く。
「‥‥おい、お前の魂胆はわかってるんだ。
離れてからやれよ。」
ブン太がボソッと呟く。
「2人ともわりい。」
俺も顔を東川を見て、口で伝える。
教官が乗る船に東川をしがみつかせる。
適当に足を伸ばすようアドバイスしながら
自分もしれっと右手を船に伸ばす。
これで足を動かさなくても体が浮く。
下半身。
特に股関節付近にこもっていた力が
抜けるのを感じる。
こ、これならいける!!!
たっぷり5分くらい
東川の世話をするフリをしながらしがみついた。
東川が俺の顔を覗き込む。
「もう大丈夫か?」
俺が東川に聞く。
「う、うん」
東川の返事を確認して
船から手を離す。
休憩にもなった。
「地味に休めたな。」
ブン太も元気を取り戻している。
「詩音!悪かった!!いいぞ〜。ラスト30分!」
あんたが言うな!
そんな顔で詩音が睨む。
「東川!みんなに迷惑かけたんだから、
最後まで乗り切れるように気合い入れろよ!!!」
教官が凄みを効かせる。
「は、はい!」
東川の声が震える。
「教官!前橋が音頭を取ります!!!」
すまん!東川!俺があとは頑張る。
「いっち、いっち、いっちにー!」
無駄に節を付けて大声を出す。
「そーれ!」
周囲が返す。
くだらない掛け声だが
何かにつけて使用する。
俺たちは至って大真面目だ。
波は強い。
2時間30分泳いだ。
こんな状態で大声を出すのは辛い。
だんだん声が小さくなると共感の喝が飛ぶ。
オールで水をかけられる。
やっぱり海猿になるのかも。
ピーーーー!!
笛が唐突になって共感が船の上で立つ。
「状況終了!戻れ〜」
多分泳いでいる全員が
もっと早く教えてくれと思ったに違いない。
終わった!
全員生きてる!
東川も前で浮いてる!
「しゃあああ!」
ブン太も腕を振り上げる。
陸に戻ると教官から評価が下された。
個人の成績ではなく俺たち全員の評価だ。
「おつかれさん。早速だが講評に移る。休め!
結果は可!以上!気をつけ!」
評価は
優秀 良好 可 不可 の4段階。
まあまあだね。
それはそうと
馴染めな顔をしているが、
ブン太は上の空。
俺も心は遠くに行っている。
きつい訓練は終わった。
そろそろ楽しいことをさせてくれ。