『いっしょに食べよう」その1 Side A
『いっしょに食べよう』
~その1 Side A~
ふたつぎ ひでお
田丸先輩が好きだ。
あの日、保健室ではじめて会ったときから、ずっと好きだ。
とくに美味しそうにゴハンを食べる顔が大好きで愛おしい。
授業終わり、ぼくは誰よりも早く教室を駆け出して学食に向かう。
今日もベストポジションに座れた。
ここなら券売機の前でなにを食べるか悩む姿、ランチを受け取る姿、美味しそうに食べる姿をあますことなく堪能できる席なのだ。
───来た!
窮屈そうに身体を包んでいるパツンパツンのブレザー、いまにも弾け飛びそうなボタンが目立つワイシャツ、顎周りのお肉で見えない首に巻かれているネクタイ、そしてシンプルな黒縁眼鏡の奥に覗いている起きてるのか、寝ているの分からない細い目。
間違いなく田丸先輩だ。
のっしのっしといった感じで歩いてきた先輩が券売機の前でなにを食べるか迷っている。
今日は定食にするんだろうか? それとも麺類? 丼ものかな?
迷いに迷っていた先輩の太い指先が券売機のボタンを押した。
食券を取り出すと、軽やかな足取りで注文カウンターに向かった。
いつもの光景だ。この光景は僕の心も軽やかにする。
カウンターから身を乗り出すようにして、奧に見える厨房を覗き込んでいる先輩の大きな背中、そして大きなお尻に目が釘付けになってしまう。
注文したランチが出来上がったのだろう。
先輩は喜びで身体を左右に揺らす。
そんな姿にこっちまで幸せな気分になる。
先輩は皿の上で湯気をあげている華やかな黄色に赤いワンポイントをほどこされたランチをトレイに乗せた。
───今日はオムライスかぁ。
今日もいつも通り大盛りだ。
うちの学食は盛りが多いことで有名であり、普通盛りでも女子生徒は食べきるのがやっとだというこもいるくらいだ。
大盛りのオムライスをトレイに乗せた先輩が今日もいつもの席に座った。
太い首に巻かれているネクタイを緩めるのは、先輩がランチを食べるときのルーティーンだ。
スプーンを右手に持った先輩が小さな声で「いただきます」と言うと、一心不乱にオムライスを食べはじめた。
ケチャップで口の周りを汚すのもお構いなし。同じスピード、同じ量を正確にスプーンですくい上げて、淡々と口に運んでゆく。
時折、額の汗をタオルハンカチで拭ったり、自分の熱量で曇った眼鏡を拭ったりしている
眼鏡姿もカワイイけれど、裸眼の姿もカワイくて仕方がない。
結局のところ、田丸先輩は眼鏡をしていても、眼鏡をしていなくても、どっちもカワイイのだ。
あんなに大きかったオムライスが見る見るうちに小さくなり、残り一口になった。
その一口を食べ終えると先輩は「ごちそうさまでした」と、口の端についていたケチャップを舌先ですくいとる。
そんな姿も愛くるしくてたまらない。
尊すぎて溜め息が思わず出ちゃう。
先輩は返却口に食器を置くと、最高の笑顔で奧に向かって言葉をかける。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
と、先輩はふくらんだお腹をポンポンと叩いたあと、サワサワとさすりながら学食をあとにした。
先輩のカワイイ一挙手一投足で満腹だ。
もうお腹いっぱいだ。
今日もランチを完食できそうにない。
残りもので悪いけど、先輩が食べてくれたら嬉しいな。
先輩は僕のことなんか認識していないだろうから無理な話だけど……。
いつか先輩の隣に座ってランチを食べる日を妄想ばかりしてしまい、今日も午後の授業は上の空だろうなぁ。
一緒にごはんを食べませんか?
そんなことを言える日は来るんだろか?
その1 おわり