二丁目忌行文 ~虹色奇々怪々~
【透明人間】其の壱
新宿二丁目。
降り立ったことはないけど、名前だけは聞いたことのある人が多いはず。
新宿区に存在する東西約300m、南北約350mという区画の中にある小さな街。LGBTQの街として有名ではあるが、マンションもあり、雑居ビルもあり、オフィスビルなども建ち並んでいる。
昼と夜ではがらりと雰囲気が変わる。夜になると会社帰り、学校帰りなど、各地域から同性愛者が集まってくる。世界屈指のゲイタウンだ。もしろん、ゲイだけではなく、女性を愛する女性も集う街でもある。
この街以外では、本来の自分を偽っている人間が大半だ。勤務先や学校などの実社会では透明人間のように過ごしていても、この街では自分らしくいられる。透明人間なんかじゃない。
───でも。
50を過ぎたら透明人間。
誰がいった言葉だったか?
僕の場合は20代、30代、40代も透明人間だった。
いわゆるキショガリと呼ばれる部類に入る体型をしているから。
多様性だとか、差別をなくせとか、声高らかに叫んでいるわりには、ヒエラルキーが存在し、僕みたいに鍛えていない痩せてるゲイを【キショガリ】と見下したような呼ばれ方をされることがある。
初めて行った飲み屋さん(ゲイバーのことを当事者たちは飲み屋と呼ぶことが多い)で注文を聞かれる以外、ずっと無視を決め込まれたことも一度や二度じゃない。もちろん、そんな店ばかりじゃない。キチンと接客してくれるお店がほとんどだ。
それでも新しいお店に足を踏み入れるときは、今でもコワイ。
マッチョやガチムチ、デブや、ぽっちゃり、スジ筋だったら、もう少し僕の扱いも変わったのかなとも思う。
こうやっている今も、誰も僕と目を合わせようとしない。
寒空の下。二丁目の仲通りと呼ばれるメインストリートに僕は立っている。人通りの多い仲通りで、誰も僕と眼を合わせようとしない。
───全裸なのに。
全裸で立っているのに、好奇の目にも晒されないってどういうことだ?
別に主従関係で命令されているわけではない。SM趣味もない。
ただ露が好きなだけ。【露】というのは露出行為をさす言葉だ。
例えば僕がモテ筋の体型をしていたら、すぐに路地裏に連れ込まれて、あんなことや、こんなことをされたりするのだろうか?
しかし現実は残酷だ。誰も眼を合わそうとしない。素通りするばかり。
───ヤバイやつ。
そう思って僕のことを見ないのだろうか?
でも、それとも違う気がする。
さっきからずっと裸で立っているのに、警察がやって来る気配もない。
完全な無視。そんな感じがする。
呪いたい。呪い殺したい。
僕の中でどす黒い感情が沸き上がって来るのを感じる。
「誰でもよかった」
と、いって、電車の中で刃物を振り回して、人を殺傷する通り魔の気持ちが今なら分かる。僕は怖くて刃物を構える勇気はないけど……。
僕を無視するヤツら全員を呪い殺したい
無視を決め込んで、楽しそうに歩いているヤツら全員を……。
其の弐へつづく。