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海には勝てない。

海辺の街道で自転車を走らせながら、風と波の音を強く感じる。
限られた条件下でそれらの音を噛み分け、いとおしんでいると、眺めている人の多さに気づく。

一人、頬杖をつきながら足ち尽くす女。
二人、ベンチに隣同士に腰掛ける男女。
三人、三輪車に乗る子と見守る兄弟。
四人、海の香りと共にサーフボードを携え現れた男たち。

海を感じる日々を噛みしめるように過ごす者も、
ただ海のそばに存在するだけの者も、
風景の中で、同じようにそこにいる。

*

それでも、夕暮れから日没にかけて変化する海の色には、みなが言葉を失ってしまうものだ。人混みと化した“ありとあらゆる海が見える席”からのぞく表情が、それを物語っている。

当然にそこにある海に、私たちはただ、言葉を盗まれてしまうのだ。
よせて、返して、もはやくるくる回って迫ってくるようにも見える波と、心地のよい音。おだやかな空気は、何かを許してくれる気さえするから不思議だ。意識は当然に、そこへ向く。

*

でも、そこは海底8メートル。セーフティなんて、あってないようなものだろう。大自然の脅威を前にすれば、ただただ、なすすべもなく立ち尽くししかないのだ。自然に立ち向かおうなんて、叶うことではないから。
当然になってしまったら、歯車は少しずつ狂っていく。

春の終わり、夏のはじめ。
この土地で海と共に過ごす日々の終わりを悟りながら、乗り慣れない自転車のペダルを漕ぎ続けた。


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