第四十七回 ライオンズのデータ野球革命(2024年1月11日)

Number Webから大変面白い記事が配信されました。広尾昂というライターが書いたもので、この記事からだけでも日本野球がどの様な方向に変化しているのかわかる内容だと思います。
例によって捻りモデルの観点から、勝手な推測を書いてみようと思い立ちました。なかなか衝撃的なタイトルです。
記事のURLと、リンクが外れても良いように、面白いと思う箇所の画像を添付します。

「根拠のない昔ながらの指導」プロ野球コーチは淘汰される?

1.選手の指導方法にどのような根拠があるか?
記事の1部では、ライオンズのキーパーソンとして、球団本部チーム統括部長兼企画室長の市川徹氏の話から始まりました。トラックマンという計測器(ボール初速、スピン量、回転軸の傾き、左右のズレなどのボールデータを測定できる機器とのこと。)を導入してから、得られたデータを選手達がどのように活用してきたのか、育成体制がどのように変わってきたのかをレポートしています。最初に目を引いた箇所がこちら。

これは動作研究を進める者の立場からは大変歓迎される動きで、学会関係者には特に嬉しい変化でしょう。

記事を読み進めていると、2021年に引退した榎田投手が来季ファームコーチに就任すること。また私がインフルエンザで参加できなかった日本野球学会大会にも参加されていたことも判明しました。

経験にのみ基づいた感覚的な指導や根拠のないハードワークが無くなるのは良い事だと思いますが、それではどのような「力学的」根拠にもとづいて指導されるようになってきたのかが気になります。ライオンズの根拠はどの様なものに変わりつつあるのでしょうか?

動作の根拠となる力学的モデルなしに野球の動作を指導するということは、選手やコーチの経験に基づく「こんな感じ」もしくは「あんな形」といった感覚や、「これが良いはず」といった力学的根拠のない動作を指導することになるか、手探りで選手の感覚とデータを突き合わせる作業になるでしょう。ライオンズには、根拠としている力学モデルがあるのか。あるとしたらどのようなモデルなのでしょうか。

捻りモデルの立場からは、根拠とされる力学モデルが運動量(もしくは速度)に基づくものか、エネルギー(もしくは力)に基づくものなのかが知りたいところです。記事を読み進めながらそのような箇所がないか探っていくことにしましょう。

2.平良投手のデータ活用
この広尾氏のレポートは、3部に分けて配信されており平良投手のインタビューは3部に記載されています。

「高校時代はスコアブックを見る程度」の西武・平良海馬が….

このインタビューでは、平良投手がラプソードというトラックマンに似た機器を使って、投げるたびに投球の回転状態と自身の感覚を突き合わせていたことが書かれています。

さて興味深いのは、この次の箇所です。

これは大変面白い箇所で「エネルギーをどのように(ボールに)伝達するか」ということは、ボールに対してどれだけ仕事をする(力を長く加えるか)を分析しているということなので、よく言われる「腕の振りを速くする」というピッチングモデルに基づいているわけではないことを示唆しています。

力学的には、大きな力をできるだけ長くボールに加える事で、より大きな運動エネルギーをボールに加えることができます。腕の振りを速くするモデルは、基本的に速度が速くなるほどボールに加える力は小さくなるので、エネルギーをボールに伝えるというモデルとは矛盾するので、これら二つのモデルが両立することはありません。どちらが適切な力学モデルでしょうか?

捻りモデルはエネルギーをボールに伝える力学モデルですが、平良投手やモーションキャプチャーの専門会社は、捻りモデルのメカニクスに沿った考え方を取り入れているのでしょうか?藤波投手に「腕を振れ」と指導してきたコーチには、きっと気になるところでしょう。

続きを読んでみましょう。

これはなかなか考えさせられる箇所です。右ピッチャーが左足を踏み出した際に、上体が開かないようにサード方向を向かせるというのは昔からの指導だと思います。しかしモーションキャプチャーの専門会社が、何を根拠にその様な動作を指導したのかわかりません。
また、エネルギーをボールに伝えるというのは捻りモデルの概念ですが、自分の投げたいフォームがあってそれに体や感覚を合わせていくという型に合わせていく手法は、手探りで感覚とデータを合わせていくというラプソードを使った手法と同じです。

恐らくは、力学的な根拠となるピッチングモデルはなく、従来から良いとされるピッチングの型というものがあって、手探りでその型にあわせていくというのが、現時点で(ライオンズに限らず)投球動作におけるデータの活用法なのだと推測します。そうであれば、モーションキャプチャーを使わずに投球動作の動画を見るだけでも良さそうに思えます。

ところで私は扱ったことがないので素人ですが、モーションキャプチャーは身体にセンサーを付けて動作をモニターし測定箇所の速度や加速度の変化も表せることができるものとのこと。それならば、既に誰かやっているかもしれませんが、力の指標である加速度を測定することで投球時の体の負荷がわかるようなら、肘などの故障などのリスクを事前に判断して予防するといった使い方ができるかもしれません。
投球毎の負荷を積分してどれほど負担がかかったか予測できれば、ピッチャー毎にどのくらい登板間隔をあけるべきかなど正確に明らかにできるでしょう。

もっとも、そんな面倒くさいことをしなくても疲れがとれるまで休めば良いだけですが。速い球を投げるピッチャー程、肘などの各箇所における負荷が大きくなるでしょうから登板間隔は開けた方が良いのでしょう。
これも余談ですが、スイーパーやカーブのような球種が肘に負担をかけると言われるメカニズムは、第42回で述べたような投球後の腕の動きなどの影響も考慮するすべきと考えていて、どの球種がもっとも肘も含めて体に負担をかけるかといえば、大きなエネルギーをボールに伝える必要のある速球系の球種ではないかと予想しています。

3.打撃におけるバイオメカニクスの適用は?
レポートの第2部では、ライオンズのバイオメカニクス担当である劉氏へのインタビューを中心に、バッティングでの取り組みについて話が進みます。

「北京五輪きっかけで高校野球やMLBにも興味を」

ここで驚いたのは、劉氏が率直に(バイオメカニクス(生体力学)の分野についてと考えて良いと思いますが)、投手と比較して打者の分野はデータ解析が難しく未開拓な部分が多いと認めているところです。プライドが先行する研究者の場合は、わからないことをわからないとは言えないことが多いのですが、劉氏はその様な人物ではないようです。

学会で正しいと認められている打撃モデルは、従来からRotational Model(回転モデル)と言われるもので、その結論は「バットのスイングスピードを速くせよ。」以上です。回転モデルでは、体幹からのエネルギーは伝わらないとするモデルなので、これ以上は発展しようがないのです。
この従来の回転モデルが、実際の野球動作に合う力学モデルではないということでTwisting model(捻りモデル)を提唱することになった経緯から、私は劉氏のコメントに納得しました。こうなるだろうと予想していましたし、現場の状態が確認できたのは大きな収穫です。
今後学会から、現場で有効と認められるような力学的根拠のあるモデルを提示できなければ、野球におけるバイオメカニクスも廃れていくのではないかと思います。

現状がこうであるならば劉氏には、またライオンズに限らずNPBの他の球団にも、私は是非とも捻りモデルを試してみることをお勧めします。
捻りのチェックポイントを見ながらトラックマンで打球速度のデータを集めることで、捻りモデルにに妥当性があるものか確認できるでしょう。また確認できれば中国野球の発展にも貢献することができることでしょう。

しかし大谷翔平は、トラックマンで集めたデータで何を見ようとしていたのでしょうか。

(追記 2024年1月13日)
たまたま見つけた「斎藤佑樹に関する雑学」と題したYouTube動画に、斎藤佑樹が早稲田大学時代に「位置エネルギーが使えないから膝を折って投げるのをやめなさい」と指導を受けてからフォームを崩し、その後股関節を故障して以降は、最速149km/hの球速が戻らなかったという内容のものがありました。この内容が本当だとすると、実際の野球動作に合わない力学モデルに基づいた指導により才能を発揮できなかった例の一つかもしれません。

捻りモデルのように、股関節可動域が球速に影響する力学モデルであれば、背が高くない投手ほど股関節や膝関節への負担が大きくなることが予想できるので、事前のストレッチや力を逃すようなスパイクに変更するなどで故障も防げたかもしれないなどと考えてしまいました。

もちろんこの位置エネルギー云々の力学モデルは、捻りモデルではありません。別のものです。ちなみにジャイアンツが導入しようとした「ツイスト打法」も、丸選手の顔が打った時に変な方向を向いていたことを考えると、別のモデルに基づいたものでしょう。

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