第十回 「捻りモデル」から見るピッチング動作(2021年1月15日)

今回は、ピッチングの動作について考えてみたいと思います。
速い球を投げる時に「腕を振れ」とよく言われますが、これはおおよそ「ボールを持ったまま腕を振る速度が投球の速度になる」という事をイメージしているのだと推測します。この動作は、奇しくも第二回と第三回で説明した「回転モデル」の、バットのスイング速度を上げる動作と同様に速度(ピッチングの場合は「腕速度」ですが)重視のモデルであり、「回転モデル」に基いた動作と考えて良いと思います。

一方で「捻りモデル」からピッチングを考える場合は、ボールに対して仕事(力 x 距離)をし、運動エネルギーを与えるというモデルになるので、ボールのリリース直前まで、どれだけ大きなエネルギー(以下「力」とします。)、「力」を体幹に溜めることができるかを重視します。その結果ピッチングもバッティング動作と同様に、「力」を溜める動作とリリースする動作の、二つの違う動作を連続して行うものになるわけです。
「捻りモデル」の基本的なコンセプトについては、第二回から第四回にかけて説明しているので、重複する説明は避けてバッティングと違うところに絞って説明したいと思います。

まずはテイクバックの動作です。体重を移動しながら、後ろ足股関節周りを中心に、下半身と上半身を違う方向に動作させます。出来るだけ体を開かずボールを後ろの方に保持します。

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次に前足を踏み出すと同時に、前足股関節周りに、反対方向の動きを発生させるとともに、上体はボールを引っ張り始めます。
感覚的には、上体(胴体部分)が「腕とボール」を引っ張るのかもしれませんが、実践の感覚についてはピッチャーに聞いた方がいいと思います。

上体がボールを引っ張ることでボールは上体を引っ張り体幹に「力」が溜まります。(なぜボールが上体を引っ張るのかについては、第四回で説明した慣性質量について御参照ください。)ここまで出来るだけ体を柔らかく使います。

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上体がボールを引っ張ることでボールも上体を引っ張り、更に体幹に「力」が溜まります。
速球を投げるピッチャーの場合、体幹に「力」が溜まりリリースする直前(下図)の「腕速度」は遅く腕を振ってはいないはずです。

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次は、溜めた「力」をリリースする動作です。体に力を入れボールをリリースします。「腕速度」は、フォロースルーで最大になるので、腕を振るのはボールをリリースした後になります。
ピッチングにおいても、バッティング同様に、「力」を溜める時には筋肉を柔らかく使い、体全体に大きなしなりを作りやすくし、リリースする時には力を入れてボールを投げるという風に体の使い方も正反対です。
この様に異なった動作、「力」を溜める動作と「力」をリリースする動作を続けて行うところに、ピッチングの難しさがあります。

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この動作を更により理解するために、吹き矢の例を紹介しましょう。
これは以前、息子が小さかった頃に話をして好評だった話です。

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彼は自作の吹き矢を作り、矢を筒の先に着けて吹いたのですが勢いよく飛ばなかったようです。そこでどうしたらいいか聞いてきました。

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もちろん矢を筒の手前に刺して吹くようにアドバイスしました。矢は勢いよく飛ぶようになったのですが、今度はなぜかということを聞かれました。なぜでしょう?
これは、矢に後ろから「長い距離」力を加えたことで、矢に対して大きな「仕事」(力 x 距離)をした(運動エネルギー、「力」を加えることができた)からです。体幹に「力」を蓄えるにも、長い距離をボールに引っ張って貰い(あるいはピッチャーがボールを引っ張り)「仕事」をしてもらう必要があります。

バッティングとピッチングの一番の違いは、(第四回で説明した)バットとボールの慣性質量の違いだと考えます。質量の小さいボールは小さい力でしか引っ張れないので、出来るだけ長い距離を引っ張らなければ体幹に大きな「力」は溜まりません。速い球を投げるピッチャーには、より大きな股関節可動域と、出来るだけボールを後ろから長く引っ張り続ける動作が必要になるというわけです。逆に溜めた「力」をボールに与える(リリースする)時には、「ボールを長く持て」と言われますが正確には、吹矢の時と同じ様に、「ボールに長く力を加え続けろ」というのがより適切な表現だと思います。

バッティングの場合は、バットの質量が大きいため、少しバットを引っ張れば体幹に「力」が溜まります。その為、体が多少開いても気にしなくて良いと説明しました。
しかしピッチングの場合は、質量の小さいボールを使なければならないので、体幹に「力」を溜めるのはもっと難しい作業です。ボールをできるだけ後ろから長く引っ張るためにも、前足をステップした時に「体を開かないように」丁寧に動作しなければなりません。こうした動作は、股関節可動域が大きく、手足が長く背の高い選手がやりやすいでしょう。

この様に考えていくと、質量の小さいボールを使って体幹に大きな「力」を蓄えることができるピッチャーは、質量の大きなバットを使わないと体幹に「力」を蓄えることができないバッターと比べて、体幹に「力」を蓄えるという動作に限っては、明らかに才能があると言えます。速い球を投げる事のできる選手は、強く打つ事もできるとも言えるでしょう。
ピッチャーをピッチングだけに専念させるのは、少々勿体無い気がします。バッティングの好きなピッチャーには、怪我をしない様に注意してバッティング練習をさせればいいと思います。

NPBでは、セ・リーグとパ・リーグの実力差が開いた事で、セ・リーグにDH制を導入したらどうかという事が話が出ています。しかしそれでどこまで差が縮まるか。セ・リーグは少々工夫が足りないかもしれません。
ピッチャーという「強打者」のポテンシャルすら、引き出せていないのですから。

実際のところ、2020年の日本シリーズでは、巨人のバッターでヘソベクトルと打球方向が合っていたのは、岡本選手と坂本選手くらいしか見あたらず、全体的に巨人のバッターは非力でした。少なくとも打撃の差は、技術の差に見えます。
それではホークスの打者のヘソベクトルは、打撃方向と合っていて、「捻りモデル」に沿ったバッティングをしていたとでも言うのでしょうか?バットの軌道はどうだったのでしょうか?
気になるところですね。確認してみたら面白いと思います。

次回は、股関節可動域と野球の才能について考えてみたいと思います。

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