第三十五回 翔平グリップ vs 誠也グリップ (2022年7月20日)
今年からパリーグの試合を観ることが多くなったので、今回は久しぶりにNPBの試合を観ていて目についたところを書いてみようと思います。
10年前、20年前と比べて、とにかくピッチャーの球が速くなりました。
球速150km/h超えは当たり前で、それに加えて鋭いスライダーやフォークボール、チェンジアップが加わり、日本のピッチャーのレベルは本当に高くなったと思います。
打者はどうかというと、選手たちが意識しているかしていないかは別として、第五回で説明してるような、従来の「壁を作ってスイングスピードを上げる」打ち方をする選手は少なくなり、客観的に見て「捻りモデル」に基づいたパワフルな打ち方をしている選手が増えてきたと思います。
その割にバットのグリップ位置や振り出す軌道が安定していない例が多く見られ、MLBの選手と比べると力不足です。
打者がこれを改善できればNPBもMLBに近づけると思うので、今回はこの点について気づいたところを書いてみようと思います。
野球の楽しみは試行錯誤にもあると思うので、手取り足取りの指導は避けたいところです。あまり細かく書きたくはないのですが、このまま見ているのもストレスですから、こっそりこのブログに吐き出すことにしましょう。そんなにガッツリとこのブログを読む野球関係者は多くないでしょうから、まあ良いでしょう。
詳細は第九回で説明しましたが、打撃に際して、力学的に最も力が加わるグリップの位置というのは決まっています。
簡単に言うと、それはトップハンドの手首を背屈せず真っすぐに保ち、ボトムハンドの手の甲をトップハンドの手の甲と平行に保つ位置です。
言葉で説明するのは難しくなるので、百聞は一見に如かず、鈴木誠也選手のグリップを参考に見てましょう。
少し拡大してみましょう。ボトムハンドの手の甲とトップハンドの甲が平行になっているのが確認できます。このグリップ位置は、多少の好みはあるにせよ大きく動かしては、ボールに加わる力が落ちると考えられます。
別の写真でも、鈴木選手のトップハンド(右手)の手首真っすぐで、ボトムハンド(左手)の甲が右手の甲と平行になっていることがわかります。
このグリップは、右手左手ともにボールに対して前に力を加えるとともに、打った後に腕を真っすぐ前に伸ばすことができる位置であることがわかると思います。
またこのグリップには、構えた位置から打撃ポイントまでバットの振出しを直線的に操作しやすいという大きなメリットがあります。
まず高く構えた際の、直線的なバットの軌道を見てみましょう。
鈴木選手のバットの振出を確認します。最初高い位置でバットを立てて構えていますが、第九回で説明したとおり、
立てていたバットを横に寝かしてから、ボールに対して直線的な仮想面(上図の板の様に書いた面)に沿ってバットを振りだしています。
ここでバットを寝かせました。ここから仮想面(黄色の線)に沿って振り出していきます。
両手の甲も仮想面に対して平行なので、無理なく直線的にバットを振り出せています。
おっとファウルチップでした。しかし体重も前足に完全に移動させていて当たればホームランの凄みのあるスイングです。
今度は、NPBではやっているグリップを紹介しましょう。それは残念ながら私の大好きな大谷選手のグリップです。皆さん真似をしているのかもしれませんが私は大谷選手のグリップはお勧めしません。
この写真は確か2年前くらいの画像なのですが、わかりやすいので敢えて使いました。トップハンドの位置はまあ理想的ですがボトムハンドの甲は、鈴木選手と違い下を向いており両手の甲が並行ではありません。
これは右手首の負担を減らしているとも思えるので、大谷選手にとっては悪いとは言えないのですが、このグリップの場合、打ち方によっては悪く作用する可能性があります。例えば右手を引くような使い方をした場合、打撃力は下がる方向に働くでしょう。前で打つほどこうした傾向は強くなるので、引き付けて流し打ちをするには、打ちやすいのかもしれません。
しかしロッキーズの選手たちが、誠也グリップで起用に流し打ちをしているのを見ると、打ち方の好みの違いでしょう。
大谷選手は、右手の負担を下げたいのでしたらグリップの間を少し開けて持ってはどうかと思います。
大谷選手は、最近ではグリップを少し絞っていますが、ボトムハンドの甲はまだ下向きでトップハンドの甲と並行でなく、万人にお勧めのグリップだとは思いません。
NPBの選手達には、大谷選手ではなく鈴木選手の打ち方を真似する方が良いでしょう。MLBにおいても鈴木選手の平行グリップの方が一般的だと思います。
このグリップの悪い例を紹介しましょう。パリーグで一番目についたのはエチェバリアの例です。
このグリップで打った場合どうなるかというと、ボトムハンドの甲が前を向いている場合は、トップハンドの手首が曲がって力が強く伝わっていません。
トップハンドの手首が真っすぐで甲が前を向いている場合、今度はボトムハンドの甲が下を向いて両腕が前方に伸ばせずにいます。
こちらの方がまだ強い当たりが期待できるでしょう。
エチェバリアは、身体の使い方も良くミートも上手いのですが、このグリップ位置で随分とパワーで損をしていたように思います。しかしマリーンズは、エチェバリアのグリップを修正することができず二軍に落としてしまいました。
エチェバリアだけではありませんが、良い選手がこんなところで力を発揮できずにいるのを見るのは、なかなかのストレスです。パリーグを観るのも楽ではありません。
冒頭話した通り、NPBのピッチャーのレベルは非常に高くなっていると思います。また打者のポテンシャルも高いと思います。この調子でバッティングのレベルも上げていきMLBに負けないリーグになればと思います。
最近では、身体を横にして打つような選手は少なくなりました。グリップとボールに対して直線的な軌道を意識することで、更にレベルアップすると思います。
MLBの一部球団では、数学者を採用するなど、恐らくは統計的なデータを活用する動きは以前からありました。またなぜか物理学者を採用するなどしているチームも出てきました。力学的な観点から動作の改善を行っているならば、大したものだと思います。
NPBでは、伝統的な経験者による指導が中心で、選手の動作を見ていると、監督やコーチが変わるたびにチーム全体の打撃動作も変わり混乱しているように見えますが、少しずつ変わっていくことでしょう。
モーリス・ド・サックスが書いた通り。人間と言うものは、そういうものなのでしょう。変わるには時間がかかるのです。
Notwithstanding that what I have advanced is founded on reason, I expect hardly a single person to concur, so absolute is custom and such is its power over us.
次回は、まだ何を書くか決めていませんが、子供たちの「運動能力を向上させるような生活環境」なるものを考えてみようかなどと考えています。
(追記 2022年7月28日)
なぜか捻りモデルと回転モデルの相違に関する記述が多い第二回から第四回までが、表示されにくくなっていたようです。アップロードしなおしたので検索しやすくなったと思います。
(追記 2022年8月1日)
この記事をアップロードしたタイミングでエチェバリアが戻ってきました。打撃はかなり向上しているようです。
グリップは未だ翔平グリップですが、以前よりは絞り気味。打撃前のスイングを見ていると、前に押し出すことを意識しているように見えるので、こうした意識が大きいと思います。
どうせなら完全に誠也グリップにすればと思いますが、結果がでているので細かいことは言わない方が良いでしょう。
(追記 2022年8月5日)
どうもグリップが安定しないようなので、この人に喝を入れていただきましょう。私のヒーロー王貞治氏です。
王さんが、日本刀を使って素振りをし「一本足打法」を生み出したエピソードは有名ですが、日本刀を振るというのは、なかなか良いアイデアでした。
日本刀で綺麗に切るには、刃の進む方向に沿って力を加えなければいけません。自然、誠也グリップと打球に対して直線的なバットの軌道を練習することになったというのが私の解釈です。
そもそも日本刀は平らなグリップなので、誠也グリップでしか握ることができません。
エチェバリアも、バットに代えて日本刀を振り回してはどうでしょうか。
キューバ人には刺激が強すぎるということでしたら、こんな工夫も良いでしょう。
さあバットを日本刀のように握り、ボールをぶった切りましょう。
(追記 2024年2月24日)
記事中で、トップハンドとボトムハンドの名称が一般とは逆ではないかとの指摘を受けました。確かにその通りでした。バットを立てて握った時に、上の手をトップハンド、下の手をボトムハンドと言うのが正しいようです。お詫びして訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。
(追記 2024年3月14日)
しばらく柳田選手を見ていなかったのですが、このグリップはいかがなものか。高めのボールを長打しにくくなっているかもしれません。少し注意して見ていくことにします。