第二十七回 ウクライナ戦争と野球の未来 軍事編 (2022年3月31日)
考えて見れば、野球の才能を開発しようとする中高生も読みにくることがあるのではないかと思います。そしてその中には、長じて政治や経済、軍事に関わる中高生もいることでしょう。
そう考えれば、半世紀に一度の転換期と思われるウクライナ戦争について、野球を絡めて話を残しておくのも意味があるかと思うので、特別編として背伸びしている中高生を対象に、少々風呂敷を広げて政治、経済、軍事と野球について書いてみることにしました。
ウクライナ戦争で何よりも違和感があるのは、戦争をめぐるマスメディアの報道です。ロシア側とウクライナ側に真っ二つに割れて、どちらか一方が正義であるかのような対立的な報道が続いています。さて何が本当で何を信じたら良いのでしょうか?正直なところ戦争が終わって何年も経たないと、どちらの報道が比較的正確に事実をトレースしていたのか、わからないのだと思います。
そうは言っても、客観的事実として隠しようが無い現象もあるわけで、そうした事実をつなぎ合わせて、自分なりの解釈を作っていくしかないわけで、その為に歴史や経済の知識(教科書はお勧めしませんね)が必要になるわけです。今回の戦争でまず客観的な判断ができるのは、ウクライナにおける
ロシアの軍事オペレーションだと思います。
その様なわけで、中高生が興味を持ちそうなトピックでもありますし、ロシア軍とウクライナ軍の戦況について、一つの見方を話してみることにしましょう。それが野球とどう関係するのでしょうか?
予備知識として、最初にウクライナ戦争によく似ていると思われるドイツのポーランド侵攻について、「マンシュタイン元帥回想録、失われた勝利」から簡潔に説明します。
この戦役は、雷撃戦とも言われる機動的なもので、後に戦車と機械化した歩兵や砲兵を組み合わせた運用に進化していきます。
機動戦の戦術についてかなり大雑把に説明すると、ドックファイトの様に敵集団の後ろに回り込み補給を絶ち包囲殲滅を目指したり、後ろの司令部を狙うというものです。ですから敵の軍隊に正面からぶつかることは避けて最も弱い箇所から浸透し、相手が状況を把握する前に重要拠点を突破。後ろから回り込む動きをしますが、ウクライナ戦争でも同様の機動が観察されました。
さてポーランド戦役ですが、マンシュタイン元帥の考えではポーランド軍は、中央をながれる太い川を防衛線として、川の東側(上図白線の右側)に主力を配置し持久戦をすべきだったとのこと。「失われた勝利」から抜粋しましょう。
「ポーランドにとっては、時間を稼ぐために戦うことが、唯一無二の道であった。決定的な防御は、ボープル、ナレフ、ヴァイクセル、サン川河川の後方で、まず疑いもなく予定できるのであり、その際ヴァイクセル川とサン川との中間にある中央ポーランドの重工業地帯を確保するためには、南方翼においてはこの防御戦線をドウナジェク河畔まで推進してもよいであろう。まず第一に、ドイツ軍をして東プロイセンから、また西部スロバキアからポーランド軍の両翼を包囲できなくさせるのが肝要だったと思う。」
実際にはポーランド軍の主力は、図の様にドイツ国境付近に固まっており、ドイツ軍に素通りされた後に、引き返したものの回り込まれて包囲殲滅されています。ドイツ軍は川を渡河した後、北上しワルシャワを後ろから攻撃したところで勝利しました。この戦例は、ウクライナ戦争に良く当てはまると思います。
さてウクライナ戦争におけるロシア軍について、どの様な印象を持っているでしょうか。メディアの報道をみていると、いわく制空権を確保できず補給に問題があり、通信が悪く携帯電話で指揮を執り、あげく高級将校が何人も戦死。キエフを攻略することもできずに弱い軍隊という印象を受けていることでしょう。しかしこの地図から受ける印象は正反対です。
まずウクライナ戦争の戦況について、イギリスのシンクタンクRoyal United Services Instituteの記事を紹介しましょう。中高生なら英語の勉強に読んでみましょう。また戦況については、この記事の冒頭に紹介しているUkrine Conflict Monitorの記事にある地図(2022年3月13日)がわかりやすいので、これを見ながら説明します。
ロシアの全面侵攻に対抗するウクライナ側の理想的な作戦としては、前述のポーランド侵攻の左右対称になったような状態で、ドニエプル川を防衛線(上図黄線)として川の西側に主力を保持し、渡河点を中心に持久戦をするのが最適だったでしょう。ポーランドからの西側の補給を考えればなおさらです。
しかしウクライナ軍の主力は川の東側にあり、ドンバス地方の前面に展開していました。この様な状態なので、ロシア軍の作戦としては、ポーランド侵攻と同様に、川の防衛線の東側(上図右側)にかたまっているウクライナ軍をハリコフとクリミア方面から包囲する機動が考えられます。
同時に首都キエフを攻略するつもりなら、北からに加えてクリミアとハリコフ方面からドニエプル川を越えて、川の西側をキエフに北上するというのが考えられました。実際の戦役はどうなっているでしょうか?
上述のRoyal United Services Institute (RUSI)の記事にあるように、3月13日時点では、ウクライナ主力(確か8個師団)は、ロシア軍に包囲されそうです。
また他に散らばっている勢力も、大方包囲され戦力になっておらずロシア軍の圧勝に見えます。
またクリミアからドニエプル川を越えているにも関わらず、キエフには突進せず、一方で人的損耗が大きい都市攻撃をハリコフとマリウポリで行っています。なぜでしょうか?単に戦争に勝つだけならキエフを陥とすのが筋で、ハリコフやマリウポリは、バイパスしてもよかったはずです。
状況から判断してロシア軍の主攻は東側のウクライナ軍主力で、キエフは陽動だったという意見が正しいように思います。またハリコフやマリウポリのアゾフ連隊もターゲットだったので、市街戦を行ったのでしょう。
そう考えればロシアの戦争の進め方は理解できますし、ロシア側は、戦争の目的(政治目標)であったウクライナの非軍事化と非ナチ化を達成したと理解することもできます。今後ロシア軍のマリウポリ攻略後に和平が進むなら、概ねこうした解釈で良いのだろうと思います。
私は、多くのマスメディアの報道は見当違いのものだったと判断しています。もちろん実際に何が起きているのかわかりません。
中高生に示したかったのは、メディアの報道を鵜吞みにしない自分なりの考え方をする必要性についてで、その為にベースとなる知識を学ぶ必要があるということです。軍事については、田村尚也の著作など良いと思います。
戦略や戦術の話は、日本ではなぜか公に話をしない傾向がありますが、後に話す政治と経済とに密接にからむので、私は一般教養に加えて良いのではと思っています。大東亜戦争が良い例です。
全域が大きくても、補給を絶って孤立包囲して殲滅する方法は有効です。ですから、帝国陸軍秋丸機関の西進作戦と海軍のパールハーバーのどちらに妥当性があったのか、誰が作戦をぶち壊しにしたのかも容易に判断できるでしょう。
林 千勝・講演会【日米開戦・陸軍の勝算!日本の勝算と敗北ー現代への教訓】
さて、いったいこんな話が野球の未来とどう関係があるのか。
次回の「政治編」に続きます。
(追記 2022年4月5日)
西側メディアからは、「キエフの戦いでウクライナ軍が勝った」といった趣旨の報道が出始めました。これはどの様に解釈したらよいのでしょうか?
参考までに、米系のシンクタンク Institute for the Study of War (ISW)の4/3付の報告を添付します。RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, APRIL 3
キエフ周辺で大規模なロシア軍の撤退が始まっており、ロシア軍が負けたような印象を受けそうです。しかし東側についてのレポート、特にマリウポリからの情報は入ってこないとあり、ロシア軍の「ハイブリッド戦」が進んでいるようにも思えます。
Subordinate main effort—Mariupol (Russian objective: Capturing Mariupol and reducing Ukrainian defenders)
Little information about what is occurring in Mariupol is available likely due to the loss/interdiction of communications from the city. Russian media reported fighting in the city on April 2.[4] Russia will likely make much of its final capture of the city for propaganda purposes but has not yet done so, which suggests that it has not yet completed the seizure. The Ukrainian General Staff also noted on April 3 that Russian forces are still preparing efforts to complete their seizure of the city.[5]
参考までに、こんな情報も拾ったのでご紹介します。2022年3月26日付とのこと。
このPolina Ivanovaという人がどの様な立場の人間かわかりませんが、ロシア軍侵攻の経緯と現在の地図から判断して、このロシア軍からの発表(とされる)内容の通りに進んでいると、私は判断します。雪解けあとの泥が固まりしだい、東部での包囲を完了してかたをつけるでしょう。
日本のメディアでは、「ロシア軍が作戦を変更した」という報道がされているようですが、作戦を変更したのはメディアの方でしょう。
アルメニアとアゼルバイジャンとの戦争もそうでしたが、負けている方のプロパガンダ戦は、過激になる傾向があると思います。
勝っている方は、プロパガンダをする必要はないのでしょう。
ペンタゴンは、中国への対応を強化するなどといった趣旨の発表をしているので、米政府の本音は、「ウクライナ戦争は実質的に終了していて、今後は政治的あるいは経済的な対応をする方向にシフトすべき」と判断していると予想します。
(追記 2022年4月13日)
上述のJomini of the Westさんから、今後の戦況について予測が出されたので、参考までに追記します。
I have constructed this off what I consider the most logical operational approach that can yield positive results. とのこと。
概ね東部ウクライナ軍主力に対して、ロシア軍の包囲戦を予測しています。
Given Russian operational performance to date I realize that this assessment may end up being wildly off. Producing a reliable open-source analysis is difficult to say the least. Information is scarce & what is available is heavily weighted in favor of Ukraine.
(予測なので)大きく外れることもあると前置きしながら、情報は乏しく手に入る情報は著しくウクライナ側に偏っているとのこと。同感です。
(追記 2022年6月1日)
相変わらずマスメディアからは、ロシア軍の苦境が伝えられていますが、Jomini of the Westさん作成の地図から進展を見てみると、ウクライナ軍は負ける寸前の様に見えます。
Jomini of the West (@JominiW) May 24, 2022
1/ Ukrainian TVD, Day 80-88. The past 9 days has seen one of the most fluid periods to date in the Russo-Ukrainian War. The most significant developments have been the surrender of Ukrainian forces in Mariupol & the Russian breakthrough around Popasna.
アゾフ拠点のマリウポリ陥落後、予想通りロシア軍は東部のウクライナ軍主力の包囲に力を入れており、6/1時点でLyman、Severodonetskは陥落。Popasnaの拠点も順調に拡大しています。
本日付け(2022/6/1)ISWのレポートでは、Izyum南西部からとLymanから、Slovyanskの確保に向けて力を強めているとのこと。そうなれば東部ウクライナ軍の主力は、脱出するのは非常に困難になりロシアは、概ね戦略目標を達成することになるかと予想します。
今後の欧米(米左翼、ネオコン)の戦略としては、日本人の感覚では想像つきませんが、ウクライナ軍できるだけ援助して長期にロシア軍と戦わせロシアを弱体化させるべくBloodlettingという方法をとると思います。
あまりうまくいかないと思いますが。