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祝いは血と共に

大学生の頃から歯磨きやデンタルフロスをかなりやる一方で、めちゃくちゃ口内で出血してきていた。

どうあがいても出血して口に血が溜まる。数々のうがいで様々な人を驚かせてきた。ただ俺はこれを問題視してなかった。

近場の歯医者で虫歯治療ついでに「めっちゃ血が出るんすよねー」とか言っても簡単な消毒くらいで済まされるし、そういうもんなのかなって。

新卒の時にめちゃくちゃヤバいメンヘラの人から「キスすると血の味がするから好き」って言われたことあるしまあ、長い目で見たらプラスかなくらいに思ってた。

そんな私も29歳、健康とかを意識するようになりまして、「プラスのわけがない」とちゃんと気付いたので治すことにしました。


普段とは別の歯医者に行き、「虫歯は無いんですけど、口の中にとにかく血が溜まるんです。これだけ診てもらえませんか」と告げ、診察へ。

普通に虫歯もあったという事実に少なからず動揺しつつも、血についての説明を受けた。

「この血ですが、歯周病とかではないんですがここでは治せないので、紹介状書くから〇〇病院に行って手術してください」

すごいことになってきた。なんなら歯科じゃないらしい。口の中の現象は全て歯科だと思ってた。


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仕事を休み、行ったことない病院に行った。茶髪で赤いメガネというヤブ医者のコスプレみたいな奴が、手術の説明をしてくる。どうやら俺はこれから歯茎を切開して何かをどうかするらしい。怖すぎる。なんだそれ。

麻酔を5箇所くらいに打たれ、恐怖に戦いて変な汗が止まらなくはなったが、無事に手術が終わった。

「数日、口の中で血が出続けて溜まります。吐き出すか、このガーゼを口に含んでてください」

と、でっかいガーゼを渡された。


俺はその日、友人の結婚式の前祝いで神奈川県の茅ケ崎に向かう必要があり、40分ほど電車に乗っていた。

血が、溜まる。

溜まるなんてもんじゃない、ドクッドク出てる感じがする。もちろん後処理みたいなのはしてもらってるんだけど、口の中の1/3が血のような気がするくらい血が溜まってる。

「今クシャミとかしたらみんなめっちゃビックリするだろうな」と思いながら電車に揺られる。

念の為マスクを装着した。これでクシャミをしても人に迷惑はかからない。一瞬で真紅に染めるマスク手品を披露するだけで済む。

ガーゼなんか速攻ひたひたになったので、ずっと口の中に不快感を残していた。

駅のトイレで文字通りの血反吐を吐き、ハンカチを口に詰めてなんとか結婚祝いの場に駆けつけた。久しぶりに会う友人の木崎は少し恰幅が良くなっており、それがどこか頼もしくも見えた。奥さんは初対面で、わりと好き勝手してる私たちに常にかなり気遣ってくれたりしていた。週末が結婚式なので、二人はとても緊張しているとのことだった。

ただなんかとても幸せそうで、「結婚式とかしなくても夫婦って夫婦なんだな」とぼんやりと思った。僕らが旦那をイジると、奥さんは笑いながらちょっとだけフォローする。注文を気遣ったり、遠くの皿を取ってくれる。目の前の2人がすごく夫婦に見える。コイツは本当にバスの中で「俺も青春がしてえよ」って泣いてきた木崎君なのか。

医者には「一時的に血が収まってもしばらくは、喫煙・飲酒・激しい運動で再出血しますので控えてください」と言われていたのでウーロンをチビチビ飲んでいた。再出血って単語が怖かったし。でも血も出なくなり、まあいいだろとタバコを吸ったらまた血が出てきた。すごいな人体って。

慌てて灰皿に置いた時、フィルターが紅に染まっていることに気がついた。正面にいた奥さんがめちゃくちゃビックリしてた。僕もどうにかしないとと思って

「あ、すみません、でもなんか紅白で縁起いいですね」

って言った。あれだけ周りに気を遣っていた新婦さんは「はは」とだけ発してトイレに行った。タイムマシンをくれ。


そして先日、彼らの結婚式でスピーチをしてきた。朝からほんのりと血が止まってないのに、スピーチ前に気を落ち着けようと喫煙所で煙草を吸ったのが間違いだった。ドクッという感覚がして、すっごく血が出てきた。どうしようどうしようと焦ってたら「そろそろだぞ!」と呼ばれる。ええいままよ!と灰皿に血を吐いて駆けつける。

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木崎君、新婦子さん、ご両親ならびにご両家ご親族のみなさま、本日は誠におめでとうございます。(ゴクリ)

只今ご紹介頂きました、新郎木崎君の友人、(ゴクリ)マキヤと申します。
木崎君とはもう、10年以上の付き合いとなります。(ゴクリ)

おめでとう!(ゴクリ)木崎が結婚と聞いたときはとても驚きましたが、同時に自分の事のように嬉しかったです。(ゴクリ)

高校時代の木崎君は常々、「青春を追い求めて」いました。とにかく彼女が欲しい!とかではなく、文化祭のあとにみんなで花火がしたいとか、(ゴクリ)何故かクラス全員分のアイスを買ってきたりなど、(ゴクリ)そういった時間を大切にしていました。先ほど流れた、卒業式の日にみんな撮った写真、あれを撮ることを提案したのも彼です。(ゴクリ)……あとは、知らない人でもいいから自転車の後ろに女の子を乗せたいとも言っていました。(ゴクリ)

一回バスの中で泣きながら「もっと青春がしたい」と言ってきたこともありましたね。そんなことを俺に言われてもと思いました。(ゴクリ)

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俺の脳はフル回転していた。原稿は何度も読んだから暗記している、しかし読むと血が溜まって上手く喋れなくなる。マイクの台に白い布みたいなのが敷かれている。絶対に血を出すわけにはいかない。

急遽俺が採用した戦略は「都度、飲み込む」というものだった。不自然な動作にはなるが、血が飛び散るよりマシだろう。暗記した原稿の中で、飲み込めそうなポイントを探す。

ただやはり不自然は不自然なのか、「何でお前が泣きそうなんだよー!」というヤジが入った。何かを飲み込みながらスピーチをする男は泣きそうに見えるらしい。いいかもしれないんだけどまだ序盤の掴みみたいな部分だからおかしい。まだ木崎君をいじってしかいないのに泣きそうな友人代表。

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このスピーチでは、(ゴクリ)お祝いの言葉と共に、新婦側の皆様に、新婦さんと結婚するこの木崎という男は!こんなに素晴らしくイイ男なんだぞ!というのを、少しでも伝えられればと思います。(ゴクリ)

(中略)

このように、(ゴクリ)何でも楽しみ、(ゴクリ)友人関係を大切にする彼ですから、多くの人に愛されています。(ゴクリ)

二人の馴れ初めは飲み会で、(ゴクリ)新婦さんのことを気になった木崎が、話しかけたことからスター(ゴクリ)トしたと聞きました。(ゴクリ)
彼はコミュニケーション能力に長けており情熱的だと(ゴクリ)先ほどに申しま(ゴクリ)したが、女の子に対しては実(ゴクリ)はそうでもありません。多分、すごく(ゴクリ)勇気を出したんじゃないかなと思います。(ゴクリ)

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助けてくれ。絶対おかしいだろこんな奴。血管の脈動をすごく感じる。

結婚式のスピーチは今までに3回ほどしたことがある。慣れてきているはずだった。普通1,2分なんだけど5分って頼まれたのを今やっと後悔してきた。5分もあるから飽きさせないようになと徹夜で考えた原稿もまだ中盤だ。

新婦側の席から俺に向けて「がんばれー!」って声援が聞こえた。めっちゃ恥ずかしい。違うんだよ。感情が昂ってるとかじゃないんだよ。俺はもっとスムーズに読む予定でめちゃくちゃ暗記とかしたんだ。

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(中略)

なので、(ゴクリ)きっと(ゴクリ)とても毎日が楽しく、(ゴクリ)多くの人から助けられ、(ゴクリ)愛されるような、(ゴクリ)そういったご家庭になるんじゃないかと思います。(ゴクリ)

お二人の幸せを心からお祈りして、(ゴクリ)友人を代表し、(ゴクリ)僕からのお祝いの言葉とさせていただきます。(ゴクリ)

本日は本当におめでとうございます。(ゴクリ)ご清聴ありがとうございました。

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長かった。やっと終わった。一礼し、高砂の方を見たら木崎が号泣していた。なんでだよ。あんまりそういうのじゃないはずだっただろ。なんでだよ。

席に戻るとすごい拍手で迎えられた。「すごくよかった」「感情こもりすぎだよ」「あっちの席の子泣いてたぞ」とか言われた。奇跡じゃん。なんだそれ。そんなこと起きるのかよ。

少しのいじりで笑いも起きたし、不本意ながらしっとりもした。血を飲み込むことに夢中で何をしゃべったのかの記憶がそこまでないが、意外と良かったのかもしれない。

あとはどこかふわふわした不思議な気分で結婚式を楽しんだ。

一応ポケットに入れていたガーゼは使わなかった。最後に木崎のスピーチみたいなのを聞きながら、ハンカチをちょっとだけ使った。

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マキヤ
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