
ヴォーカルの高みを目指して
僕はハイトーンで歌うのが得意です。
ヘヴィメタルシンガーを自認している以上、その辺で負けるわけにはいかない。
しかし昔からひとつ悩みがある。
それは出しているキーがシャープしてしまうクセだ。
もちろんキーを外すほどのシャープではない。
ギターで例えると、指板を思い切り押弦してしまって微妙にシャープする程度。
ライヴなどで聴くと違和感はない。
ただ、レコーディングなどで歌うとけっこう気になってしまう。
人によっては許容範囲だったりするが、ヴォーカルの目線からするとダメだろう。
レコーディングエンジニア曰く、「ロングトーンでキーが下がる人はけっこういるが、上がる人は珍しい」だそう。
最近は技術の発展もあって、歌の手直しなんて簡単にできる。
レコーディングでメシを喰っているような百戦錬磨の人でなくても、ソフトを買えば誰でもパソコン上で修正できるのだ。
その昔、人生初めてのレコーディングの時に歌声をバッキバキに修正されたことがある。
そのエンジニアの人は良かれと思ってピッチ修正をしてくれているのだろうが、僕にとっては『お前はヴォーカルとして無価値』という烙印を押されたのと同じだった。
その音源を世に出すことはしなかった。
人間は体に鍵盤やフレットが打っているわけではなので、完璧にピッチが合った歌を歌うことはできない。
歌声を五線譜で表すアプリなどを使ってみると分かる。
完璧な音程で歌うことがどれだけ難しいか。
歌声のピッチを機械的に完璧に修正されてしまうと、歌は上手く聴こえるが曲が死ぬ。
僕はピッチ修正されまくる歌声を商品にするぐらいなら、最初からボーカロイドで入れることを選ぶ。
そっちの方が諦めがつくし、良い作品になる。
今の時代に音源という商品を作る以上、まったく編集無しでリリースするのもおかしいが、ヴォーカルが持つ自然な揺れや個性まで殺してしまう曲に何の価値があるのだろうか。
そのヴォーカルの最も美しく自然な歌声を音源にしたいなら、完璧なピッチで歌うしかない。
エンジニアがまったく修正する箇所が見つけられないぐらい完璧なものを。
ではどうするか?
とにかく練習しかない。
「昔の歌手は歌が上手いが今の歌手はダメ!」なんてことをよく聞くが、僕はこの感想はあながち間違っていないと思う。
正確には
『今も昔も歌が上手い人は同じ数いるが、昔の歌手の歌声は自然だけど、今の歌手の歌声はピッチ調整しまくってて不自然』
ではないだろうか。
昔はピッチ調整などの技術も機械もなかった。
ほぼ1発録りである。
1発で終わらせるために相当な努力をしただろう。
ピッチ調整をしていない自然な歌声、自然な揺れを無意識に良い歌声と人間は感じるのではないだろうか。
決して思い出という補正だけではないような気がする。
しかし現在メタルバンドとして活動している身としては、『昔は良かった』を安易に認めるわけにはいかない。
今頑張っているすべての音楽家こそ、『昔』という巨大な敵を倒すために戦わなければならないのだ。
今が、今こそが最高なのである。
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