"憂きことの"
生まれて初めて、辞世を書きました。
芒折れ
踏み締められて
路となる
長夜よ終われ
朝ぞ来たれよ
そもそも今どんな感じなの?
話すと長くなりますが、簡単に言うと「鼻の奥で骨が折れていて鼻呼吸が出来ない」という状態です。
そのせいもあり睡眠時はすぐに口内が乾燥し、3時間以上の連続した睡眠を取る事が不可能な状態です。
とはいえ、振り返ってみれば数年間はこの状態だった訳ですが、先日行った病院が割とナイスな分析をしてくれたため、解決の糸口が見えてきている状態です。
では、何故最近不眠で悩み始めた?
で、ここがいま悩んでる所なんですが、よりによって処方された薬が原因で寝れていません。
完全に油断していました。
今まで何回も耳鼻科や不眠のカウンセリングに行っても解らなかった「寝れない原因」を特定してくれた医師なので、ちょっと信用し過ぎてました。
「この薬で鼻腔が開くから問題は解決する筈だ。副作用として口内が乾燥するが、今までよりはマシになる計算だ」と言われて処方されたやつを飲んでみたんですが、元々よりひどい状態になったように思います。
説明を聞いてる段階では「そ、そうなのか?まあ、あんた程の人がそういうなら…」の精神でしたが、今となっては「それはそうなるだろ」みたいに思ってます。
とはいえ、医師の側もなかなか無いパターンのヤツが来て手探りっぽいので、責めれたものでは無いですが。
とにかく次の診察で事情を話して、治療法をアプデする予定です。
そもそも、何でそうなった?
明確な答えは実のところよく解らないのですが、そもそもとして僕はアドレナリンが多いのか痛覚が少ないのか知りませんが、多少人より痛みに強く、体が頑丈な傾向にあります。
そういった中途半端なタフさのせいで恐怖心や警戒心が人より少なく、そのせいで負傷が多いです。
左手の中指とか下唇も、初めて話しますが本当は昔の怪我のせいで少し麻痺する時があります。
表から見る分には鼻は何も折れていないですし、そういった「過去の何かの負傷」の一つのようです。
僕や祖父の頑丈エピソードは豪快な話もあるので、いつか記事にするかも知れません。
何で辞世を書いた?
理由は2つあって「寝れずにいた明け方に急にインスピレーションが降りてきたから」というのと、もう1つは「生きるため」です。
閃きを得られるという事は、昨夜は多少はリラックス出来たのかも知れません。
2つ目の理由は次の項目で詳しく説明します。
………あー、もう1個理由があった。
これがきっとメイン理由です。
「投薬で治らない場合は、全身麻酔ののちに顔を切り開いて手術するよ」と言われているのですが、正直、僕は命に関わる医療行為に関してろくに医師全般を信用していないからです。
育ての親である祖母が医療ミスで10年程前にグロ死しました。
それだけでもトラウマ級に怖いのに、その数年後に妻の姉が帝王切開の麻酔が原因で死にかけました。
それから月日は流れ、医師への見る目も少しは僕の中で良くなりましたが、簡単に忘れられる話ではありません。
っていうか、先日二晩ほど連続で一睡も出来なかった時に死を感じた事も関係あると思います。
句の意味は?
意味を2つ用意しています。
芒折れ
踏み締められて
路となる
長夜よ終われ
朝ぞ来たれよ
(再掲しておきます)
古語に詳しくないので正確に書けてる自信は無いのですが、「自分も折れ、踏まれ、斃れるかも知れないが、芒たちの踏まれて出来た路のように、自分の死後には残るものがあるもんね。この世に光あれ」くらいのノリが表の意味のつもりで書きました。
あと、「自分の死に関係ある文章には、故郷の景色の情景も描くべきだろう」という考えもあります。
実家の近くに芒の茂る綺麗な川があるので、そのイメージです。
もう1つの意味としては、「折れて踏まれて斃れても別にそれが自分の路だし、早く安眠出来る暮らしがしたいんですけど?」という意味です。
うーん、これは説明無しでは全然解らん話ですね。
おあとがよろしいようで。
(オチは無い)