「愛する者のために」の外側で【連載 久保みねヒャダこじらせブロス】
あいさつを返されない東京砂漠
久保 実は今日、朝から交番に行くミッションがありまして。
──え、何事ですか?
久保 犬の散歩をするために家を出てたら、目の前に裸足でふらふらしている男の人がいたんですよ。「オートロックに閉め出された人かな?」と一瞬、好意的に見たけれども、「でもその場合、裸足じゃないよな」と思って。すぐ側で管理人さんが朝のゴミ出しをしているのに、助けを求める様子もないから、たぶん閉め出された人ではないなと。ただただ、ふらーっ、ふらーっとしてて、手がちょっと震えている、薄着の40代くらいの男の人。「この場合、なんて声掛けるのが正しいんだろう」と考えたんですけど……。
──どうしたんです?
久保 「私、ちょっと声は掛けられない」と思った。おしっこしたがってる犬もいるので、一番近い交番まで行って、後はお巡りさんに任せようと思ったら、「パトロール中」になってて。
ヒャダ 「お巡りさんに頼りたいときあるある」ですね。
久保 それで反対方面の交番に向かったんです。戻る途中で自宅の前を通るから、「さっきの人まだうろうろしてるかな」と思って見てみたら、建物と建物の間に隠れて震えてるんですよ。
ヒャダ ピアノマンですよ。記憶をなくしたピアノマン。
久保 で、私以外に誰か声掛けるかなと思ったんですけど、朝ってみんな出勤で忙しいから、通り過ぎていくんですよ。それで反対方面の交番に行って、そこはお巡りさんがいたんで、「ふらふらしてる男の人がいます」と言って特徴も伝えて。それからりゅうちゃん(愛犬)の散歩に行って帰ってきたら、さっきのお巡りさんに保護されてた。その人、壁に寄り掛かってううう……って泣いてたんだけど。で、保護されてる様子をベランダから撮ったんですけど(スマホを取り出して見せる)。
──なんだかずっと所在なさげな感じですね。
能町 何だったんだろう。
久保 病気とか、薬の副作用とかかなあ。だとしても、都会はこの人に対して、声は掛けないわけだよね。
ヒャダ なかなかの東京砂漠ですね。
久保 そう、東京砂漠。私、いろんな人にあいさつしても、無視されるんですよ。犬の散歩中に、「犬を飼ってる人同士、あいさつをしたほうがいいかな」と思ってあいさつするんだけど、まあ半分以上は無視される。「知らない人に毎日声を掛けては無視される」ということをずっと繰り返していて、私すごい経験積んでるなと思う。事件に遭遇して通報するか悩んだことって、今まであります?
能町 あります。というか通報したことあります。全然笑えるような話ではないんですけど……。
ヒャダ いいですよ。
能町 前に住んでたマンションの裏で、お母さんが虐待してるような声が聞こえてきたんです。ちょっと尋常じゃない叫び方をしてて。さすがにこれはきついと思って、児童相談所の電話番号を調べて、通報したんです。「続報をお知らせしたほうがいいですか」と聞かれて、「気になるから教えてください」と頼んだのに、掛かってこなくて。あれからどうなったか分からなくて、ちょっと後味悪いんですよね。とりあえず声は聞こえなくなったんですけど。
ヒャダ 僕はこの間、電車に乗ってたら、新宿に着いたときに、目の前の男性がいきなり目を開けたままストーン!と倒れたんですよ。たぶん、てんかんだと思うんですけど。本当に90度の角度でバーンと倒れたから、「とりあえず人呼んで電車止めなきゃ」と思って、立ち上がったんです。でも、どこに緊急停止ボタンがあるか分かんなくて。僕もちょっとパニックになってたら、若い女性が「あっちあっち」って言って。
能町 自分でやりゃいいのに。
ヒャダ ねえ、やってくれりゃいいのに。で、まごつきながらボタン押してたら、倒れてた男性がすくっと立ち上がって、「寝不足です」と言ってスタスタスタと。
能町 いやいやいや、怖い怖い怖い!
ヒャダ その人はそのまま出て行ったんで、後から来た駅員さんに「どうされました?」と聞かれても、「さっき男性が倒れたんですけど、寝不足ですと言って出て行きました」と説明するしかなくて。それで僕が「お騒がせしました」って言いました。生まれて初めて電車を止めましたね。
久保 それも勇気いるね。でも周りが動いてくれないのは怖いね。
ヒャダ そう。本当に周りが動いてくれないんですよ。びっくり。
能町 もし自分が倒れたらと思うと、恥ずかしくて逃げたくなる気持ちは分かるんですよ。
ヒャダ たぶん、てんかんであることに若干のコンプレックスあるんでしょうね。そういうの1回や2回じゃなく、何回もあるんだろうなと思って。
久保 「寝不足なわけないやろ!」って思いますよね。
大阪は100%あいさつを返す
ヒャダ さっきの「都会の人はあいさつ無視する問題」ですけど、こないだ大阪の番組で地元ロケをしたんです。道で人とすれ違うときに「こんにちは」ってあいさつしたら、100%返してくるんですよ。
能町 ああ、大阪はすごいですよね。
ヒャダ 大阪のコール&レスポンス、ヤバかったです。無駄な照れがない。
能町 東京だと、最初にちょっと助走つけてから来るんですけど、大阪はいきなり来る。あれは好き。大阪でキャリーバッグをロッカーに預けたかったんだけど、全部埋まってて、「どうしよう」と思って、一瞬ぼーっとしてたんですよ。そしたら後ろにいたおっちゃんが、「向こうにもようけあるで」って。1ターン目でそれだったんですよ。あれはいい。
久保 きっと外国だったら、そういう会話もあるのかもしれない。でも東京だとまずないよね。
能町 東京はないですよね。あと、大阪で相撲を見ていたことがあったんですけど、私が応援してる明瀬山という力士がいて、私は勝手に「パンの山」って名前を付けてるんです。それは相撲ファンの間ではわりと知れ渡ってるんですけど、でも会場で「パンの山」と呼ぶのは失礼だから、「明瀬山!」って大きな声で言ったんですよ。まだコロナ禍じゃない時期だったから。そしたら前の席のおばちゃんがわざわざ振り向いて「パンの山ちゃうんかい」って言ってきて(笑)。
ヒャダ ツッコミ(笑)。
能町 そうそう。その人と、それまで全然しゃべってないんですよ。
── そのタイミングで来るってことは、「声を掛けようか掛けまいか」という葛藤がゼロってことですよね。
能町 そう。まったく振りかぶらずノーモーションで来る。
久保 いい感じで返事を返してくれたり、向こうから話し掛けてくる人って、やっぱりおばちゃん、おばあちゃんなんですよね。ちょっと離れて犬とすれ違うときも、向こうから「あらあら、かわいい」と声を掛けてきて。梵天丸もかくありたいですわ。「思ったことをすぐ口にしちゃうおばちゃんキャラを、何としてもモノにせねば」と頑張ってるんですけど、なかなかなれない。
能町 いつからおばちゃんになれるんだろう。
──「パンの山ちゃうんか!」の例を見ても、もう頭で考えず体で反応してる感じがしますよね。
「愛する者のために」が突きつける疎外感
能町 反射がすごいですよね。ウィル・スミスのビンタ事件で、中年はみんな野坂昭如と大島渚を思い出したじゃないですか。野坂昭如に殴られた大島渚が、ちょっとグラッとするんだけど、反射的に反撃するんですよね。「びっくりする」という過程が全然ない。
久保 野坂昭如のパンチ、こんなにきれいに入ってるんだね。
ヒャダ ドボン!って音がしてますからね。
──キックボクシングの心得がちょっとあったみたいですね。
久保 そういえばウィル・スミスも殴り方すごかった。たたき方か。
──ビンタのわりにはゴン!って音がしてるから、掌底みたいな感じなのかなと思いました。
久保 あれを「忠臣蔵」に例えてる人がいて、なるほどねと思った。「殿中でござる! 殿中でござる!」って。
能町 確かに殿中感ありますけどね。廊下長いし。
ヒャダ だから日本人はウィル・スミスのほうに肩入れするんでしょうね。
能町 記事だけ見たときは「ウィル・スミス、もっともだな」と思ったけど、動画見たら、けっこう引きました。「目一杯やってるじゃん」と思っちゃって。
久保 ドラマや映画でもよくあるけど、「愛する者のために」という大義名分が付くと、ドン引きしちゃうんですよね。どんな行動であっても、「愛する妻のために」「愛する家族のために」というのが入ると、「ああ、はいはい、もういいです」みたいになる。その前提をいまひとつ共有できないから。
ヒャダ ほんとそうですね。
久保 「愛する妻が人前で侮辱されたら、あんなふうになってしまうのもしょうがない。あれはカッコいい」みたいに言われると、「ああ、この人は『愛する●●のために文化』の人だ」と思って、シュンとなっちゃう。
ヒャダ ね。「僕は侮辱されても、誰も代わりに殴ってくれないんだろうな」と思って寂しい気持ちになります。
久保 なる。
ヒャダ 今回の件で一番しっくりきた記事があったんですよ。日本とアメリカで反応が違うのは、日本人の中で「愛する妻」というのは「弱い者だ」という考え方があるからだと。そういう人は「弱い者に攻撃されたから(代わりに自分が)反撃した」と言うけど、アメリカは奥さんも一人の人間として強い者だと考えるから、ウィル・スミスは勝手なことするなよ……という記事だったんですけど。
久保 そうなの。私、妻をそこまで「自分と全く同じもの」だと考えて、同化させちゃう文化はちょっと慣れ親しんでなくて。
ヒャダ 分かる。内包しすぎ。
久保 だから妻が侮辱されて、代わりに旦那が怒るというのも、「いやいや妻の人格はどうなっちゃうの」という気持ちがある。だからむしろ全然関係ない人が怒ったほうがまだ良かったのかもしれない。
ヒャダ アメリカの記事では最後、「ジェイダも一人の大人だ」という言葉で締めてました。
能町 私、あの報道でえぐいなと思ったのが、「アメリカの調査会社がアンケートを取ったら、ウィル・スミス擁護派には低所得層が多いという結果が出た」というやつで。なんてきつい記事なんだと思っちゃった。そんなこと調べないで!って。
ヒャダ 「愛する者のために」というのは、それだけで一気にキュンとさせるものがあるってことなんでしょうね。
能町 でも所得と結びつけるのは、いくら調査の結果でも「そんなの悲しいからやめて!」って思っちゃう。
久保 そして自分は誰かにとっての愛する者ではないから、「私は外側なんだな」っていつも思っちゃう。殴る気持ちはよく分かるけどね。
その場で言い返せる瞬発力は必要?
──でも実を言うと、ウィル・スミスのニュースを見たとき、「あの瞬発力で怒れるのってうらやましいな」と思ったんですよ。「なんで妻の代わりに夫が」というのはあるにせよ、侮辱されてすぐリアクション起こせるのってうらやましいなと。
ヒャダ そうなんですよ。
久保 分かる!
──面と向かって侮辱されても、その場では場の空気に押されて言い返せずに、家に帰ってからどんどん悔しくなるパターン、あるじゃないですか。
ヒャダ その瞬間はつい、ヘラヘラしちゃうんですよね。それ、ヒコロヒーさんも同じ話をしてました。「私、すぐ怒れなくて、家に帰ってからムカムカしてしまうんです」って。彼女と同居してる「太陽の小町」のつるさんは、いじわるを言う瞬発力がものすごいらしいんです。僕も何か失礼なことを言われたら、パッといじわるな言葉を返せるようになりたいんですよね。
能町 すぐに返せる瞬発力って難しいですよね。
久保 自分もその場の瞬発力がなくて、言い返せなかったことがある。でもそういうときって同時に「自分も無意識に他人にそういうことを言ってしまっているんじゃないか?」という気持ちも湧き起こってきて、もやもやした気持ちをどう処理したらいいのか分からなくなる。
能町 瞬発力で言い返したい気持ちもあるんだけど、でも今は瞬発力重視になりすぎてる気もするんですよ。
久保 そうですね。
能町 それも嫌なんですよ。ひろゆきが言い合いに強いのって、瞬発力だけで処理してるからだと思うんですよね。
ヒャダ いや、ほんとそうなんですよ。
能町 ひろゆきに言われたことを、じっくり考えたり調べたりすれば反論できるのかもしれないけど、いきなりパッと言われても、すぐには返せないじゃないですか。丁寧に考えようと思ったらなおのこと。
久保 大事なことってほんとに、持ち帰って決めたほうがいいんだよ。「その場で決めろ」という圧を受けても、その場で決めなくてもいいんだよ……と、新社会人に言いたい。「大事なことは持ち帰れ」!
能町 持ち帰る。でもその場で怒りたい気持ちも分かる。
久保 とは言え、後から粘着的にYouTubeで「あのとき実はこうだった」という告発動画あげられるのも嫌ですよね。
ヒャダ ガーシーじゃないですか(笑)!
(今回のトーク、来月に続きます。たぶん)
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