『おらおらでひとりいぐも』『ウルフウォーカー』映画星取り【10月号映画コラム③】
『鬼滅の刃』評はほかに譲り、TV Bros.はこの2作です。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)
<今回の評者>
渡辺麻紀(映画ライター)
わたなべ・まき●大分県出身。映画ライター。雑誌やWEB、アプリ等でインタビューやレビューを掲載。押井守監督による『誰も語らなかったジブリを語ろう』『シネマの神は細部に宿る』『人生のツボ』『押井守のニッポン人って誰だ!?』等のインタビュー&執筆を担当した。
近況:久々に帰省しようと思っていたのに諸般の事情で断念。年末はさすがに帰りたいのですが、どうなることやらです。
折田千鶴子(映画ライター)
おりた・ちづこ●栃木県生まれ。映画ライター、映画評論家。「TV Bros.」のほか、雑誌、ウェブ、映画パンフレットなどで映画レビュー、インタビュー記事、コラムを執筆。TV Bros.とは全くテイストの違う女性誌LEEのWeb版で「折田千鶴子のカルチャーナビ・アネックス」(https://lee.hpplus.jp/feature/193)を不定期連載中。
近況:この時期の公開作としては、ドキュメンタリー『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』が激推しです。
森直人(映画ライター)
もり・なおと●和歌山県生まれ。映画ライター、映画評論家。各種雑誌などで映画コラム、インタビュー記事を執筆。YouTubeチャンネルで配信中の、映画ファンと映画製作者による、映画ファンと映画製作者のための映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを担当。
近況:『JUST ANOTHER』『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』『音響ハウス』のパンフに寄稿しております。
『おらおらでひとりいぐも』
監督・脚本/沖田修一 原作/若竹千佐子 出演/田中裕子 蒼井優 東出昌大 濱田岳 青木崇高 宮藤官九郎 田畑智子 黒田大輔 山中崇 岡山天音 三浦透子 六角精児 大方斐紗子 鷲尾真知子ほか
(2020年/日本/137分)
●75歳の桃子さんは、夫に先立たれ、ひとり孤独な日々を送ることに。毎日本を読み漁り、46億年の歴史に関するノートを作るうちに彼女の心の声、すなわち寂しさたちが音楽にのせて沸き上がり、桃子さんの日常は賑やかなものへと変わっていく。田中裕子と蒼井優が2人1役を演じ、豪華キャストが桃子さんの“心の声”に扮する。
11/6(金)公開
© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会
配給/アスミック・エース
渡辺麻紀
フェリーニな人生映画
原作の小説は未読だが、どういう構成になっているのか気になった。というのも過去と現在、幻想と現実が巧みに織りなされ、大きな事件もほとんどないのにまったく退屈しないからだ。突然と幻想が入り込んだり、過去を巡ったりする構成は、ついフェリーニの『8 1/2』を思い出してしまった。そうか、一般人であっても、ひとかどの映画監督のようなジレンマや悩みを抱えるんだと改めて思った次第。老後映画としても大変興味深いと思いましたよ。
★★★半☆
折田千鶴子
老いもまた楽しき哉な境地
これまでの作品も片鱗はあったけど、沖田監督、もはや晩年の大林宣彦監督級の(と言っても、こちらは慎ましやかに)破格の自由度と跳びっぷり。素朴、且つノスタルジックな木綿みたいな肌触りなのがいい。おふざけ妖精3人衆みたいに懐かしのコント(!?)を繰り広げる分身を含め、演者も作り手もすこぶる楽しそう! なんと言っても田中裕子さん。もう大好きっ!! 孤独が内包する豊かさ…老いるのも悪くないな、幸せだった昔を振り返って思い出を吸い込むのも悪くないな、なんて思わせてくれる珍佳作。
★★★★☆
森直人
普通の人の豊かな頭の中
「さらっと凄いことをしている」映画の好例。一見、日常を淡々と生きている老齢の女性だが、脳内には記憶や妄想などが渦巻いて、精神世界はこんなにもダイナミックに動いている。擬人化やアニメーションも駆使した複雑なレイヤーで構成された作品組成なのに、プレーンな味わいで見せてしまう沖田修一監督の手腕はさすが。端正さと遊び心のバランスもばっちり。戦後論的な骨格に地球の悠久の歴史への想いが接続されもするが、「時」が重要な主題になっている点は『横道世之介』とも重なり、主要スタッフが共通しているのは納得!
★★★★☆
『ウルフウォーカー』
監督/トム・ムーア ロス・スチュアート 音楽/ブリュノ・クレ KiLa オーロラ 声の出演/オナー・ニーフシー エヴァ・ウィッテカー ショーン・ビーンほか
(2020年/アイルランド・ルクセンブルク/103分)
●中世アイルランドの町キルケニー。イングランドからオオカミ退治のためにやって来たハンターを父に持つ少女ロビンは、森の中で「ウルフウォーカー」のメーヴと友達になる。人間とオオカミがひとつの体に共存し、魔法の力で傷を癒すヒーラーでもある彼女とロビンが交わした約束は、図らずも父を窮地に陥れるものだった。アイルランドのキルケニーに伝わる、眠ると魂が抜けだしオオカミになるという「ウルフウォーカー」が題材。
10/30(金)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
© WolfWalkers 2020
配給/チャイルド・フィルム
渡辺麻紀
アートなアニメ
アイルランドの伝承的物語と、プリミティブなタッチを活かしたこのスタジオらしいアニメーションのスタイルが美しくマッチしている。秋色っぽい色彩がアンティークな雰囲気を作り、遠近感を無視した表現のおかげで、かつての宗教絵画を観ているような面白さがある。よりリアルに、より滑らかに、より現代的にという昨今の流れと逆行しているせいか、アニメーションのアート性が際立っているのも大きなポイントだと思う。
★★★半☆
折田千鶴子
変われるのか、人間!?
色鉛筆や水彩、ベタ塗り、素描のままみたい等々、画のタッチが変化し戸惑うが、ダイナミックな動きで目が奪われる。ケルティック風味の音楽に魅せられ、動物好きにはたまらない伝説の世界に没入。でも実は、作り手の意図とは違うだろうけど、人間に対する嫌悪と絶望に打ちのめされてしまって。いつの時代も破壊者でしかない人間、弱者が語る真実の声に耳を貸さない、どうせ変われない…滅びてしまえ、と。いやいや、今こそ自然・生命のサークル(絵の構図としても頻出)に戻らなきゃ、ってことですが。
★★★半☆
森直人
名工房のケルト工芸品
『ブレンダンとケルズの秘密』、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に続くカートゥーン・サルーン並びにトム・ムーア監督のケルト三部作の中でも、これは最高の達成かも。技術面の発展や洗練が、必ずしも作品の向上に直結しないのがアニメーションの難しさであり面白さでもあるが、これは手描きの作画と3Dソフトウェアを丁寧に融合させることで、絵の世界に魅惑の「アニマ」(魂)が宿っている。ケルト美術の様式をうまく使った自然界の描写が絶品。人間の女の子とおおかみこどもの友情と絆を通し、「共生」が主題になるお話も吸引力が強い。
★★★★☆
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