“誹謗中傷”を考える映画【6月号映画コラム③】
SNSの普及によって、特にメディアに登場する人物には、誹謗中傷を受ける可能性が常に付きまとう現代。正しい行いのはずはないが、それでも誹謗中傷は後を絶たない。そのような、人間に危害を加える“誹謗中傷”を映画ではどのように扱い、描いているか。過去の作品を振り返ることで、それはSNS隆盛以前からはびこる人類の営為だったことが見えてくる。
誹謗中傷で町おこし
『サレムの魔女』
文/柳下毅一郎(映画評論家)
<プロフィール>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
『サレムの魔女』は十七世紀、マサチューセッツ州セーラムで起こった有名な魔女狩り事件に基づく映画である。少女たちの魔女憑き騒ぎは町をあげての魔女狩りに発展し、二百名近くが魔女として告発され、うち十九名が処刑、拷問中の死亡も合わせれば二十五名死亡という悲惨な事件になった。「集団ヒステリー」とされることが多いが、噂や妬み、恐怖と嫉妬心で告発しあった結果の悲劇であった。
『サレムの魔女』(1958年)は主演イブ・モンタンとシモーヌ・シニョレ、脚本ジャン=ポール・サルトルというフランス映画。原作はアーサー・ミラーの戯曲だが、ここでもやはり悲劇は嫉妬と憎悪による虚偽の告発からはじまる。宗教心が強く、生真面目な妻(シモーヌ・シニョレ)に息苦しさを感じた夫(イブ・モンタン)が小間使い(ミレーヌ・ドモンジュ)に手を出してしまい、嫉妬した小間使いは妻を魔女として訴え、かくして悲劇の幕が開ける。
なお、悲劇の地セーラムはいつからか「魔女の町」として町おこしをはじめ、今では駅前広場に『奥様は魔女』のサマンサの銅像まで建っている。誹謗中傷から生まれたのは町おこしだったというオチ。
親密だったヒトたちが一夜にして豹変…
『偽りなき者』
文/ミルクマン斉藤(映画評論家)
<プロフィール>
ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始(Twitch:https://twitch.tv/noon_cafe)。
ルーカス(マッツ・ミケルセン)は幼稚園職員。夫婦仲がギクシャクしてる猟友会仲間の娘、クララにも親身になってやっている。しかしクララの幼心にぽっと恋の火が点いちまった。キス&プレゼント攻勢してきた少女をやんわり諭したのが悪夢のはじまり、傷ついたクララは「ルーカスが硬くて大きいモノを見せてきた」と園長先生に嘘をついてしまうのだ。
その後の展開はウィリアム・ワイラーの傑作『噂の二人』を想起させるもの(女学校の経営者オードリー・ヘプバーンとシャーリー・マクレーンが、「二人はレズビアン」という子供のついた嘘から悲劇に追い込まれる)。「子供は純真で嘘をつかない」なんてのは幻想に過ぎないけれど、それを盲目的に信じてしまう(信じたがる)厄介な大人たちというのはどこにでもいて、つまりはどちらも、親密だったヒトたちが一夜にして豹変するのである。
本作の原題は「狩り」。森の生き物を狩っていた者が一転狩られる側になる皮肉、さらには「魔女狩り」という言葉を連想させもするだろう。しかし、主人公の徹底した“偽らなさ”ぶりが、終盤の侠気あふれる展開を導いて泣かせてくれるのも確かなのだ。
強いメンタルの源は信念と優しさ?
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』
文/地畑寧子(映画ライター)
<プロフィール>
地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
ハリウッドの黒歴史といえば、やはり赤狩り。どの国よりも自由を謳いながら国家の主義に反する人々を粛清する政治に、ハリウッドが侵された時代と言っていい。著名人が糾弾に協力する側、される側に分かれ、ブラックリストに載れば仕事を干され、仲間を売ったエピソードは、メジャー映画でも度々取り上げられてきたが、なかでも『トランボ~』はこの構図が明解。
出所した彼は、偽名という秘策でB級映画の量産脚本から巻き返しを図る。プライドに固執せず、家族のため職を失った仲間のためひたすら書き続けるメンタルの強さは、信念ゆえなのか爽快だ。その後彼は偽名で二度のオスカーを受賞、『スパルタカス』で返り咲くが、さらに心を打つのはラスト。暗闇の時代を語るこの名脚本家は誹謗中傷を受けても、自分を売った人間に対してさえも自身は同じ行為は一切しなかった。巻頭で愛娘に問うお弁当を忘れた同級生に何をするかに通じる優しさは、とても心地いい。
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