「阿修羅のごとく」と「劇団・阿修羅」 【岩井秀人 連載 10月号】
出演していた舞台、「阿修羅のごとく」が無事に終了した。
いやはや、いろいろなことがあった。2役のうち1役がボクサー役、しかも稽古開始直前に台本を確認したら「上半身裸で」とあり、焦ってダイエット開始。突発的に始めた激しい筋トレでびっくりした肛門が飛び出した。しかも1ヶ月の稽古の間に2回もだ。
2回も飛び出した肛門。読者の中には、ロケットペンシル的に2段階、ニューニューと肛門が伸びている様をイメージする方もいるかも知れないが、流石にそんなことはなかった。1回目がカリカリ梅、2回目があんずだ。深くイメージすることを強要しない意図で、これ以上詳しくは書かないことにする。
それに毎月肛門について触れていても仕方ない。他の話題ももちろんある。盛りだくさんだ。
本当に平和な座組みであった。平和で、クリエイティブであった。それを引っ張った演出の木野花さんも凄かった。前号にも書いたが、恐ろしく知的なのに、野生的で、激しい情緒を持っている。男岩井が初めて見た人類であった。パッと思いつきで出せるわけがないようなニュアンスを、ものすごい解像度と音圧でもって実演して見せる。よくわからないレベルだ。それを見たみんなが笑う。しかし、木野さんはみんなが笑っていることになんら頓着することなく、次へ進んでいく。齢70を超えるというが未だ信じられない。これまで70年余り、そのスピード感で、多くの人の興味と驚きを置き去りにしながら、進み続けてきたのだろう。
俳優陣でラジオ体操をしていた際も、「わたし、小学生の時からみんなの前で体操やってたのよ」と、やはり年齢を感じさせない動きを見せるのだが、すぐにラジオ体操の次の動きに行く際に「なんでここからこの動きになるのよ」「デタラメよ、こんな動きさせて」とブツブツ言いながらも、しっかりと続ける。我々を意識しているのか全くわからない音量でブツブツ言うから、さらに面白い。「今みんなとラジオ体操をすること」を誰に求められているわけでもないのに、黙々と体操をしながらそれに対して文句を言う70歳の女性。面白くないわけがない。天然と知性と野生と情緒。凄まじい存在だった。兵庫での大千穐楽の後、ホテルからコンビニまでの暗い道中で突如、文字通り「わーい!」と叫び、なぜ叫んだのか聞くと「嬉しかったのよぉ」と答えていた。そうなんだろう。そうなんだけど、そうなんだろうか。もはやわからない。
小泉今日子さんの、「見えない巨人」ぶりも凄かった。もはや「文化」でもある存在なのに、誰一人、緊張させることなく「一俳優」でい続けた。「一俳優」だけど、言うときは言う。マジクソ頼りになった。すでに書いた通り、俳優も黒子として転換を行い、休む間もない舞台だった。ここに関しても、稽古場で今日子さんが「劇団・阿修羅だね!やってこ!」とポーンと発したことで、どれだけみんなのモチベーションが上がったかわからない。これぞ座長である。
これまた兵庫での大千穐楽。3回目のカーテンコールで、男岩井は座長小泉と同じ、上手側の舞台袖にいた。演出部の女性が我々に「(カーテンコールに)出てください!」と指示を出した。もちろん、通常ならば言われた通り、袖から舞台に出ていくことになっていた。が、男岩井の行く手を阻んだのは、なんとしても演出部の女性を舞台に連れ出そうとする座長と、なんとしても舞台に出て行かないようにする演出部女性の引っ張り合いの力比べだった。「劇団・阿修羅だね」の言葉通り、舞台転換も手伝い、舞台奥で凄まじい量の仕事をこなしていた演出部女性もカーテンコールに出てほしい座長。演出部は演出部で、カーテンコールの照明や音響に関して、さらには客出しをする制作への指示出しのインカム(トランシーバーのようなもの)をつけている訳だから、なかなか「演者と共に舞台上にて一緒にお辞儀」という訳にはいかない。その「自分の仕事」への誠実さは、小泉さんに引っ張られていることへの抵抗として、床に倒れんばかりの角度によって表現されていた。それにも屈しないのが、座長小泉である。至って優しく、笑顔のまま「行くよ!行こうよ!」と、引く力を込め、演出部と同じかそれ以上に深い角度で床に近接していた。和装のまま。
そこに力を貸したのが、玉恵である。四人姉妹のうち、腕力2トップに引かれた演出部女性はほぼ体を宙に浮かせながら、舞台へと引きずり出された。鳴り響く拍手。お客さんはわかっている。シーンが終わり、静かに作品に思いを馳せる時間を作っていた黒子も当然、作品を支えていた演者であると。反対側からも夏帆ちゃんに引っ張られた演出部女性が困り笑顔で飛び出してきた。これぞ大団円であった。そして舞台を降りて楽屋に戻れば、「お~わった~!!」と初舞台のように喜ぶ山崎一さんと同様に、ただただ純粋に笑顔であった。座長スイッチをいつ、どこで切り替えているのか。
そういえばラジオ体操の後、各々がストレッチをしているとき、男岩井は不意にうつ伏せで背筋を始めた。が、前日に行った「ブルガリアンスクワット」のせいで筋肉痛になっており、一発で尻の筋肉に激痛が走った。痛みとほぼ同時に男岩井の脳裏に走ったのは「お尻近辺に痛みがある様子を見せると、また肛門プロブレムかと思われてしまう」的なことだったのだが、そこにさらに同時に聞こえてきたのも、座長小泉の声だった。「岩井くん、お尻?きた?」。「岩井のお尻を見続けていたのか!?」というスピード感であった。いや、視界に入っていたとしたって、もう2週間も前に終わった、一人の出演者の肉体に起きたストーリーを、瞬時に結びつけられるだろうか、これも木野さんの超能力に近い、超能力だ。「劇団・阿修羅」、FCバルセロナと肩を並べる、恐ろしいタレント集団である。
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