裏切られた映画たち(仮)【2024年12月号 押井守連載 #11『ファイト・クラブ』と『ユージュアル・サスぺクツ』前編】
“裏切られた映画たち”とは、どんでん返しなどではなく、映画に対する価値観すら変えるかもしれない構造を持った作品のこと。そんな裏切り映画を語り尽くす本連載。今月は『ファイト・クラブ』と『ユージュアル・サスペクツ』の2本立ての前編です。さあ、語っていただきましょう。
取材・文/渡辺麻紀 撮影/ツダヒロキ
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「語り手は決して裏切らない」という刷り込みを逆手にとった『ファイト・クラブ』と『ユージュアル・サスぺクツ』
◆ナレーターは嘘をつかないという思い込み
――「押井守の裏切られた映画たち(仮)」。今回は2本一緒に語っていただきます。『ファイト・クラブ』(99)と『ユージュアル・サスペクツ』(95)の2本立て。押井さんは「この2本は構造と作法が同じ」とおっしゃっています。
押井 2本の共通点、何だと思う?
――意表を突く裏切りが待っているということのほかにですか?
『~クラブ』ではエドワード・ノートンが慕うカリスマをブラッド・ピットが演じていますが中盤、ふたりは同一人物。つまり、ノートンが創り上げた想像上の分身がブラピだということがわかる。『~サスペクツ』のほうは、麻薬抗争の生き残りであるケビン・スペイシーが関税局捜査官に語った事件の詳細はすべてでっちあげで、警察署に貼られていた書類やマグカップの底のメーカー名から頂いた名前で話をねつ造していたというオチ。こっちは最後の最後にわかる仕組みでしたね。
押井 2本とも語りの映画なんですよ。『~クラブ』ではノートン、『~サスペクツ』はスペイシー。しかも、その喋っている本人が犯人でしょ。こういうのを叙述法と言って文芸の世界では有名なトリックのひとつ。
――(アガサ・)クリスティの『アクロイド殺し』ですね。
押井 そうそう。ミステリ小説はそういう裏切りの宝庫で、すでに出尽くしたといっていいくらい。最後に辿り着いたのが叙述法なんだよ。読者の先入観を利用する方法で、それが成立するのも私たちに「語り手を疑う人間はどこにもいない」という刷り込みがあるから。観客はナレーターは真実を語っていると信じているから、決して裏切らないと思い込んでいるんですよ。なぜかというと、ナレーションがウソをついているという前提だと物語が成立しない。そういう意味では2本とも同じ種類の映画になる。
――なるほど!
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