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”緊急事態”のなかで、やるようになったこと、やらなくなったこと。 「これまで聞こえなかった 体の叫びに耳を傾ける」 佐久間裕美子(文筆家) 【6月号特別企画】

企画・構成/おぐらりゅうじ

およそ2ヶ月前の4月7日、政府により緊急事態宣言が発出。これにより、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、外出の自粛や、いわゆる3密の回避が求められ、人々の生活様式やコミュニケーションのあり方にも大きな変化をもたらしました。

また、切迫した状況下における、政府の指針や関係各所の対応、さらには(SNS上での振る舞いも含めた)人々の言動や態度などを目の当たりにし、根本的な生き方や考え方を見直した方もいるでしょう。

そこで、今回のコラム企画では『“緊急事態”のなかで、やるようになったこと、やらなくなったこと。』と題して、多方面の方々から「やるようになったこと」と「やらなくなったこと」をテーマにご執筆いただきました。

第4回は、ニューヨーク在住のジャーナリストで文筆家、佐久間裕美子さんです。

さくま・ゆみこ ● 1996年に渡米、1998年からニューヨーク在住。慶應義塾大学卒業後、イェール大学大学院修士課程修了。出版社や通信社、新聞社のニューヨーク支局を経て、2003年に独立。政治、カルチャー、社会問題からファッションまで、幅広く執筆活動やインタビューを行う。著書に『ヒップな生活革命』(朝日出版社)、『ピンヒールははかない』(幻冬舎)、『My Little New York Times』(NUMABOOKS)、『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)などがある。

これまで聞こえなかった
体の叫びに耳を傾ける

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 とりあえず1週間ほどの予定でやってきたニューヨーク山奥のセカンドハウスにいる最中にロックダウンが始まり、それまで自分が仕事として「やってきたこと」の「原稿を書く」以外のほとんどすべてができなくなった。取材に出る、旅をする、イベントをやる ——— できなくなったことにフォーカスすると、ネガティブな穴に落ちていく自分が容易に想像できたから、「できること」にフォーカスすることにして、「これまでできなかったけどやりたいと思っていたこと」をリストアップした。

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 そもそも、この家に暮らすこと自体が、「これまで(ちゃんとは)できなかったこと」のひとつだった。友人が所有する家を10年ほど前から使わせてもらっていて、「時間ができたら」模様替えをしようとか、あれを直そうとか、やりたいことはいくらでもあったはずが、この数年間、日本との行き来が急に増えて、多くの「やりたいこと」が放置されていた。仕事が忙しいことはありがたいことでもあり、あと10年くらい経ってスローダウンする気持ちになったらやればいいだろうくらいに構えていた。

 これまで食事の大半を外食で済ませていたが、生まれて初めて、食事をアウトソースしない生活になった。料理が嫌いだったわけではないが、一人暮らしでたまにしか家にいないと無駄が多いし、仕事を兼ねた外食が多かったから、人さまが作ってくれるものに甘えてきた。ロックダウン初期には、一時的とはいえ、食糧の物流が不安定にもなった。大規模な物流網の意外な脆さを目の当たりにし、それまで当たり前に買えてきたもののサプライヤーをすべて再検討して、なるべく多くのものを近距離圏内から調達できるように整えた。

 自炊ついでに、自分の食事の内容と睡眠、体の状態を記録した。これまでの生活をしていたら絶対に気がつかなかったであろう小さな変化に気がつくようになった。豆腐を食べすぎるとお腹が張るな、とか、グルテンを減らしたら調子が良い、とか、そういう細かなことだ。自分の体に耳を傾けてみてわかったのは、今まで、私の体の叫びは、私の頭脳にまったく無視されてきたのだということだった。その過程で、庭にハーブや野菜を植え、裏山に生える草木を研究するようになり、思うよりずっと多くの草が、食べることのできるものだということを知り、食事に取り入れた。なかには昔の人たちが消毒液や薬として使っていたハーブもあった。

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 ロックダウンの初期、アメリカでは物流が滞って、注文したものがしばらく届かない、というフェイズもあった。買い物ができない分、手元にあるものを改良したり、組み合わせたりして間に合わせる工夫をするようになった。調理のために手元にあったものでヘアコンディショナーを作ってみたり、虫刺され用のバームを作ってみたりするようになった。作り方のリソースは、オンラインにいくらでもあった。

技術的には可能だったはずでも
気がつかなかった可能性に目が開いた

 グローバル規模のパンデミックに、日本のマスメディアが報じる内容と国際メディアが報じる内容、日本政府の説明と各国政府の説明のギャップに衝撃を受けた。そもそも、同じクライシスがこれだけ広い地域に起きること自体がこの100年の間では初めてのことで、その分、国によって情報開示の内容や対応がワイルドに変わることが衝撃的だった。それを目の当たりにしてできる頭の中のズレを解消したくて、世界の各国に住む日本人たちとインスタライブを始めた。

 今思うと、あのとき自分も不安だったのだと思う。他国に住んでいる人が得ている情報と、自分が得ている情報を照らし合わせるという作業をしてみたかった。突発的に始めたことだったけれど、アメリカにいながらリアルタイムでオーディエンスとつながることができること、またこれまで触れ合うチャンスの少なかった他国の在住者とつながることができるという、これまでも技術的には可能だったはずでも、気がつかなかった可能性に目が開いた。

 突発的に始めたことが、どうやら当面、日本には帰ることができないらしい、というシナリオを受け入れるのに、また今後の発信のやり方を考える上で、大いに役に立った。隔月で日本に帰って仕事をする、トークイベントを企画して本を売る ——— ここ数年やってきたことが不可能になったということは、逆に考えれば、違う発信の形を考えるチャンスでもあった。コロナウィルスの到来、そして、そのあとの #blacklivesmatter ムーブメントの再燃によって、国際ニュース、アメリカの国内情勢に対する関心は高まった。これまでnoteで週に一度まとめていた日記を、平日毎日更新することにして、1週間に一度配信するニュースレターを開始した。これまでよりも、ちょっとだけ、ひとつひとつの事象を深く考える余裕ができてきた気もする。

 やらなくなったことはなんだろう。人と空間をともにすることだ。今、ニューヨークはようやく少しずつ、「人と会う」ということを再開し始めたところだ。私も、少しずつ機を見計らってブルックリンに戻るようにはなったが、まだ、買い出しですれ違う人や配達にやってくる人以外、スクリーンを通さずに顔を合わせた人の数は10人にも満たない。これから夏の小休止があったとして、秋がきて、また温度が下がれば、ロックダウンが始まる可能性が高いと言われている。よっぽどの用事が発生しなければ、日本に帰れるのはおそらく来年以降だろう。こうした新しい状況は、私の人生における人とのコミュニケーションの方法を抜本的に変えた。だからといって、人とのつながりが薄くなったとは思わない。むしろ、逆に人と話すことの内容は以前より時間をかけられる分、濃く、深くなっている気すらする。物理的には人と離れた場所に生きていても、人とのつながりを持たずに生きていくことはできないのだということを再確認した。

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(了)

-information-
佐久間裕美子さんと、元「WIRED」日本版編集長の若林恵さんによるトークセッション『こんにちは未来』がPodcastで配信中。テックやイノベーションが解決できない問題が山積みの世の中に、どんな心持ちで立ち向かえばいいのか。ダイバーシティからジェンダーまで、様々なトピックスについて語っています。7月末には書籍化が決定
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