『ファーザー』『アメリカン・ユートピア』映画星取り【2021年4月号映画コラム③】
どんでん返しも含め、いろいろ見どころのあったアカデミー賞授賞式。そのどんでん返しの作品に、星取りメンバーが高評価の1作と、今回は熱量高くお届けします。
ところで、ブロス星取りメンバーの柳下毅一郎さんと渡辺麻紀さんのアカデミー賞にまつわる動画生配信企画が実は先日行われました。そちらもぜひ!
<今回の評者>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:『皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』発売記念イベント、緊急事態宣言のおかげで一ヶ月伸びまして5/22(土)大阪Loft Plus One West開催です!
ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始(Twitch:https://twitch.tv/noon_cafe)。
近況:映画評論家。ぶった斬り最新映画情報番組「CINEMA NOON」最新回は4月28日(水)20時から生配信。YouTubeチャンネルでも公開します。
地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
近況:㊗ユン・ヨジョンさん!初期のカルト作品もいいですが、やはりイム・サンス監督作品群。久々に見直そうかなと思ってます。
『ファーザー』
監督・脚本・原作/フロリアン・ゼレール 脚本/クリストファー・ハンプトン 脚本/内藤瑛亮 松下育紀 出演/アンソニー・ホプキンス オリビア・コールマン マーク・ゲイティス イモージェン・プーツ ルーファス・シーウェル オリビア・ウィリアムズほか
(2020年/イギリス・フランス/97分)
●英ロンドンで一人暮らしをするアンソニーは、認知症で徐々に記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。アンは恋人とパリで暮らすことを打ち明けるが、アンと結婚しているという見知らぬ男が現れたり、アンソニーにもう一人いるはずの娘の姿も見当たらない。現実と幻想の境界がなくなる中、アンソニーはある心境に行き着く。主演のアンソニー・ホプキンスが第93回アカデミー賞主演男優賞を受賞。
5/14(金)、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020
配給/ショウゲート
柳下毅一郎
ホプキン爺さんおめでとうございます。
見事オスカーを獲得してセレモニーの主催者をキリキリ舞いさせてしまったアンソニー・ホプキンス爺の認知症演技自体は想定を越えるものではないのだが、認知症を主観的描写で描けばそれはホラーだ、というアイデアの勝利と言える。時間が飛び、繰りかえされ、場所が変わり、だが元通りになり、同じ事件が永遠にくりかえされる煉獄のような世界。まるでフィリップ・K・ディック小説のような世界崩壊感覚を味わわせてくれる。
★★★★☆
ミルクマン斉藤
こんなマジに怖い役、あの齢でよう演るわホプキンス。
終始ずっと画面に出続けで、現実認識の迷宮に惑う父の視点こそがこの作品の中核。観る者は認知症老人の頭を通して、またたまに現れる客観的描写から「何が現実なのか」を徐々に見定めていくことになるのだが、その混乱は哀しいというより相当に恐ろしく、A.ホプキンスはよほどボケと縁遠いのか、わざと連想させるように書かれている「リア王」を役に重ねているのか。何度かリフレインされるビゼーの「耳に残るは君の歌声」が靄に沈みゆく記憶のように儚く響いて印象的。
★★★★☆
地畑寧子
身につまされる現実
同世代の多くが感じている老境の戸惑いを体現し尽くした、アンソニー・ホプキンスの勇気と演技力、住居の奥行きや戸外への目配せを上手に取り入れ映画らしさに配慮した脚色力に感服する作品。なので、アカデミー賞二冠は至極納得。また主人公アンソニーの戸惑いをミステリーに仕立てて見る側も戸惑わせる原作本来の展開の巧さ、アンソニーの子供が息子ではなく娘たちという設定の妙、自分の人生選択を迫られるその娘の心苦しさにも心を動かされる。
★★★★半
『アメリカン・ユートピア』
監督/スパイク・リー 出演/デイヴィッド・バーン ジャクリーン・アセヴェド グスタヴォ・ディ・ダルヴァ ダニエル・フリードマン クリス・ジャルモ ティム・ケイパー テンダイ・クンバ カール・マンスフィールド マウロ・レフォスコ ステファン・サンフアン アンジー・スワン ボビー・ウーテン・3世ほか
(2020年/アメリカ/107分)
●グラミー賞ミュージシャンのデイヴィッド・バーンが2018年にリリリースしたアルバム「アメリカン・ユートピア」を原案にしたブロードウェイのショーを映画化。11人のミュージシャンやダンサーと縦横無尽に舞台を駆け回り、現代の様々な問題について問いかける。アルバム「アメリカン・ユートピア」からは5曲、トーキング・ヘッズ時代の代表曲から9曲が選ばれ、計21曲が演奏される。
5/7(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他全国ロードショー
※公開は延期となりました(4月30日追記)
©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED
配給/パルコ
柳下毅一郎
一言で言って最高
知性と含羞の人デイヴィッド・バーンの知性と含羞が余すところなく発揮された結果、2020年当時のあらゆる社会問題(トランプと移民問題、TV政治からブラック・ライブス・マターまで)を曲にしてたった一回のライブの中で語り尽くし、演じ尽くし、それをスパイク・リーが彼にしかできないスタイルで映画にして、結果としてライブの熱量と、世界の知的理解とが共存する奇跡のような映画で連帯を歌い上げるのである。
★★★★★
ミルクマン斉藤
客席でじっと観るのは拷問。40年間バーンのファンで良かった!
あの『ストップ・メイキング・センス』から35年、コンビは盟友ジョナサン・デミから同時代のポップ・アイコンたるスパイク・リーに代わったが、またしても最上のライヴ・フィルムが誕生。とはいえ鉄壁のコンセプトはD.バーンの才覚で、ほとんどスパイクの出る幕はない。トーキング・ヘッズ時代のナンバーも惜しげもなくぶちこんだ総勢12人の圧倒的パフォーマンス。終盤になって突如スパイク的アプローチも爆発するが、これも冒頭の「脳のお話」から繋がるものであり、改めて二人の緻密な展開とメッセージに慄然となるのだ。
★★★★★
地畑寧子
心地よい知性
デイヴィッド・バーンのセンスと知性×スパイク・リーのセンスと知性で完成された、心地よく癒され、圧倒されるライヴ映画。簡潔で躍動的なパフォーマンス、もはや演劇ともいえるバーンの構成力、シニカルだがユーモアと優しさに満ちた彼のトークはもちろんのこと、観客との交歓を掬いとっているリーの演出も心地よい。自転車で劇場を後にするバーンを映したまとめ、エンドクレジットもかっこいい。
★★★★★
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