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映画館で映画を観る幸福体験…『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』を見て思い出した、あの日の記憶【大根仁 6月号 連載】

おおね・ひとし●『DENKI GROOVE THE MOVIE2?』制作中。


もう5年も撮っていないとはいえ、オレとて映画監督の端くれ、「映画は映画館で観るべき!!」と、常日頃から声高にアピールしているが、予告編を観て「これは配信でいいか……」、映画館で観ても「DVDで観りゃよかったな……」と思ってしまうことが多々ある。自宅のテレビもそれなりにデカいし、作業部屋の視聴環境も充実している。タバコを吸いながら観られたり、加齢と共にすっかり近くなってしまったおしっこを催した瞬間に一時停止&ジョボジョボと用を足してプレイボタンを再生、さらには酒を飲みながらだからこそハートに伝わる映画だってたくさんある。そんなわけで【映画館<自宅 or 作業部屋】の数が年々多くなり、映画館から足が遠のきつつあるが、先日「映画館で観て本当に良かったーーー!!!」と、心の底から思える映画に出会った。

その映画は『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』(原題『1秒钟』)。中国が生んだ名匠チャン・イーモウ監督の最新作である。物語は【1970年代半ば、文化大革命の時代が終わりに近づいた中国。農地に送られた犯罪者の男が命の危険を冒してまで逃げ出した理由は“ある映画が観たい”からだ】という、映画ファンならば一瞬で心を掴まれるイントロダクションから始まる。

だが、男が観たいのは映画そのものではない。本編の前に上映されるプロパガンダ目的で中国共産党が作った“ニュース映画”に、別れた娘が1秒だけ映っていて、そのわずか1秒を観たいがために命がけで脱走したのだ。しかし、映画館に到着するとフィルムを盗もうとする不良少女が現れたり、事故でフィルムがズタボロになったりと困難が重なる……ここから先は完全にネタバレになるので、興味がある人はぜひ映画館に足を運んでほしい。今調べたら、全国で上映中もしくはこれから上映されるようです。

映画は“映画館で映画を観る幸福体験”に満ち溢れている。廃墟のような映画館に集まる人たち、今か今かと待ち侘びる高揚感、スクリーンとも呼べない巨大なボロ布にフィルムが投射された時のエクスタシー、全てが美しく全てが尊い。「映画って本当に良いものですね」淀川長治の名言が何度も頭によぎる。ああ、すっかり汚れちまったオレにも、こんな幸福体験があったはずだ……。そうだ、初めて映画を観たのは映画館じゃなかった。幼稚園の頃、近所の公民館に子どもたちが集められて観た、内容もタイトルも忘れてしまった海外の児童映画……あれがオレの映画初体験だった。

床に座り、駄菓子屋で買ったすもも漬けをしゃぶっていると、灯りが暗くなり、8ミリフィルム映写機がカラカラと音を立てて回り出す。スクリーンなどとは呼べない、誰かの家から持ってきた白いシーツに、フィルムノイズだらけの映画が映し出される。それまでギャーギャー騒いでいた薄汚いガキどもが一瞬で黙る。知らない国の、知らない人たちが、自分の何倍もの大きさで動いている。ああ、世界は自分が暮らしている場所だけではないんだな……そんなことを思う知能はもちろんなく、ただただ映し出されるフィルムに惹きつけられ、何もかも忘れて夢中になる。あれから何百本の映画を観たかわからないが、あれほどピュアな思いで観た映画は無いかもしれない……いや、あった。

これから書くのは、映画好きだったものの、監督になるほどの才能は無いと見切りを付け、テレビの世界に入り、40歳を過ぎて深夜ドラマ番長と呼ばれていた頃の話だ。

2010年に『モテキ』という深夜ドラマを作った。諸々の事情の説明は端折るが、企画の立ち上げに死ぬほど苦労したオレは、このドラマに全てを懸けていた。何がなんでもヒットさせてやる! その思いは放送終了後も途切れず、DVDセールスにも力を注いだ。当時浸透し始めていたTwitterに「全国の皆さん、モテキDVD発売を記念して上映会をやりたいです。場所はどこでもいいので、みんなでモテキを観て、その後トークショーをやりませんか? 交通費と地元のいちばん安いビジネスホテル代だけ出してくれれば、どこでも行きます!」と告知し、モテキDVD発売全国ツアーを勝手に始めた。すぐにあちこちからリプライがあり、全部で10箇所ほどで上映会&トークイベントをやることができた。呼んでくれたのは、バーのマスター、カフェの店員、大学生、フリーター、普通のOLなどなど、様々だった。場所もイベントスペース、居酒屋の大広間、カフェ、小さなギャラリー、潰れた飲み屋と、これまた様々だった。「できるだけ大きな画面で観たい」とリクエストしていたので、みんな地元のレンタルショップでプロジェクターとスクリーンを借りてくれて、まるで映画を上映しているようなセッティングをしてくれた。

最後のイベントは香川県の高松だった。呼んでくれたのは地元のサブカル女子二人組。イベントスペースと聞いていた会場に着くとそこにはコタツが数組用意されていた。「暖房がないので……あと人もそんなに集まらなくて……」と申し訳なさそうにしていたが、そんなことはどうでもよく、むしろ嬉しかった。「あと、プロジェクターは知り合いから借りたんですが、スクリーンがなくて……」と、家から持ってきた白いシーツが天井から吊るされていた。「全然良いよ!逆にアリでしょ!!」さすがに「シーツかよ……」とは思ったが、いざ上映が始まるとそんなことはどうでもよくなった。

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