第44回 人間の悪意の汁、求めているものはそれだけだ。
改めてお聞きしますが、皆さんは「何の成分」を得るためにマンガ読んでますか!?
美しい絵、激しい絵、キャラクターの魅力、練り込まれた世界観、友情、努力、勝利!
そう、それが正しい人生! 私は相変わらずヤバイ絵と行動原理が意味不明なキャラクター、裏切られる友情、無邪気な天才に蹂躙される努力家、勝利を確信した次の瞬間の敗北など、この世界の「こんなはずじゃなかったのに」という人間の悪意の汁を煮詰めたものを得るためにマンガを読んでいます。
ということで今回の新刊ですが! 『嘲笑う世界の中で』はアホがアホを監禁し、拷問をミスって攻守交替の末に力加減を誤って大爆死という、真っ当な人間倫理が活躍する隙間を完璧に塗りつぶして大完結。「一番最初に浮かんだ案が一番いい案だ!」という、人生の1メートル先も見えていない小悪党同士の自己正当化バトルが延々と繰り広げられております。ちょっと働けばすぐに得られる小銭で簡単にバランスを崩す人々の織り成すドラマ、やはり善人ゼロの物語は「どっちも地獄に落ちろー!」と思えて最高。「フィクションに感情移入できる善人は不要!」という方に自信を持ってオススメです。
さて、「こんなはずじゃなかったのに」の感情を効率よく摂取できるジャンルといえばホラーなわけですが、『終末の箱庭』3巻は、精米機を改造して人間の凶暴性を「人糠」として分離する精人機や、人間の体力を電気で賄うニンゲン電池手術、強制的に上を向くことで悩み事から目を背けるために生み出された頸部硬化術など、この巻も「尊厳を一個だけマイナスした人間模様」が満載。
特に「ニンゲン電池」の回で、全身から電力をチャージして超速でチャーハンを作って娘に向き合おうとする改造手術お父さんのクライマックスシーンは「こんなはずじゃなかったのに」と「これでよかったんだよね」の謎責任感のシナジーが最高潮に達しており、見た人全員が「ア! 笑ったらいけないものを力技のポーズと表情で笑わせようとするやつだ! 今の時代にこれやっていいんだ! 嬉しい!!」と思うこと間違いなしです。
「よく食べよく寝て幸せに笑う。それが人間だ!」じゃないんだよ。
こういう、間違ったタイミングで火を噴く職人の矜持は本当に美しくて、これは『蜜を追う』1巻に登場したパン屋のおじさんをぜひ知ってください。娘が起こした事故で多額の慰謝料を背負い、生業としているパン屋の売り上げも下がり、母の介護からも逃げられない。妻にも離婚を切り出される。そんな中でヤクザに店を奪われて大麻クッキーの製造を押し付けられる。どう考えてもどん詰まりの状況の中でこのおじさんはどうしたのか。そう、謎矜持。犯罪かもしれないが、食べ物をつくるのなら美味しく作りたい。キマりさえすれば味なんか気にする客はいないのかもしれない。でも、自分にしか作れないクッキーじゃなきゃダメだ。おじさんの謎矜持による試行錯誤があまりにかっこいいため、「麻薬取締官」マンガのはずだった本作は急に菓子職人マンガに変貌する。そういう話です。熱き人間の魂を、舐めるなよ。
『るなしい』4巻も、確固たる信念と人間倫理の境目を完全に溶かす安心の展開。真剣に働くことと、その内容が法に抵触しているかどうか。この二つの関係性が非常にあいまいで、真剣なまなざしでこっちを見られたら簡単に壊れてしまうものだということがよくわかる。『るなしい』、そろそろ「終わりの始まり」が見えてきているので、ぽかぽかした作品では描けない人間の悪意の汁を、すべて絵と言葉にしてほしい。
悪意ホラーといえば『N』もいい連作集で、1巻では人間の新しい死因「N死」をするお母さんが見られますよ。
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