【2024年4月号 爆笑問題 連載】『この顔にピンときたら』『踊り子』天下御免の向こう見ず
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※本記事はTV Bros.4月号沈黙の艦隊特集号掲載時のものです
<紙粘土・田中裕二>
この顔にピンときたら
指名手配で約50年逃亡していた桐島聡容疑者が見つかり話題になったが、その隣の逃亡犯も逮捕されて驚いた。隣と言えば、これはバキ童犯・春とヒコーキのぐんぴぃの隣にいる、土岡哲朗。実はコイツの方がやべえ奴だと言われている。早く逮捕すべし。
<文・太田光>
踊り子
踊り子はステージの上で体が動かなくなった。上にあげた右手を降ろすことが出来ない。
後ろでは音楽が鳴り響いている。
……どうしよう。
客が不思議そうな顔で自分を見ている。
額から汗が流れ落ちる。
こんなことは今までなかった。いや、今までも何度か踊れない時はあった。初めて肌の露出した官能的な衣装を着た時、恥ずかしくて動きがぎこちなくなった。
客席に知り合いの姿を見つけた時も、体が動かずトイレに立てこもり、ステージに穴を開けてしまった。
しかし今回は、今までのそれと違った。体の真ん中の何かが失われたような。緊張ではなく、マリオネットの糸が切れたような、体全体に力が入らないような、動きたくても動けない無気力な感じだった。
客席の視線は踊り子に注がれている。音楽は鳴り続けている。止まったダンスはいつ始まるのか。皆、その時をジッと待っている感じだ。
「ケケケ」
その時、どこからかヘンテコリンは笑い声がした。
踊り子が、動かない首のまま視線だけ動かし横を見ると、ステージのソデに今まで見たことのない、奇っ怪で白い小さな動物がいた。ウサギのように耳は長いが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
「ネコさん?」
踊り子が言う。
「失礼ニャ! おれはウサギだニャ!」
「ウサギ?」
ウサギネコはつかつかとソデからステージ中央、踊り子の隣まで歩いてきて言った。
「どうするんだニャ? みんニャ、おまえの踊りの続きを待ってるんだニャ」
踊り子は戸惑った表情で言う。
「わかってるんだけど、どうしても体が動かなくて……」
「ケケケ、仕方ないニャぁ。みんニャ、最初はそうなるニャ」
「みんな?……最初って?」
「ケケケ、作者を失った物語の中の生き物は、みんニャ、最初、どう動いていいかわからなくニャるんだニャ」
「作者?……失った?」
「ケケケ、そりゃそうだニャ。今までおまえを動かしていたのは作者だったんだからニャぁ……慣れないうちはどう動いていいかわからニャくて当たり前だニャ」
踊り子は右手をあげたポーズのまま静止していた。
徐々に客がざわつきはじめる。
ウサギネコは笑って言った。
「アリスもそうだった。トム・ソーヤも、アンも、ドン・キホーテだってそうだニャ。ケケケ」
「あの、すいません。何の話ですか?」
「そうそう、アトムだってそうだニャ。それから……あの生意気で偽善的ニャネズミも! 今でも自分が世界一の人気者だと信じ切って毎晩同じ笑顔で踊ってるニャ」
「すみません。私、あなたが何を言ってるのかわからなくて……」
「ケケケ、大丈夫だニャ。物語の中で生まれたおれ達は、最初は作者の操り人形だけど、作者がいニャくニャったあとは、読者の心のニャかで踊り始めるんだニャ。おれ達は、囃されたら踊れだニャ」
「ど、読者……?」
「ケケケ、バカだニャぁ、お前の目の前にいるニャ」
ステージの前の客達はジッと踊り子を見ている。
「で……でも私、どうすればいいのかわからなくて……」
「んニャ?」
ウサギネコは、ジッと踊り子の体を見つめる。
「そんニャ派手な衣装を着ておいて、どうしたらいいかわからニャイはニャイニャぁ」
踊り子の衣装は確かに大胆で派手だった。
踊り子の顔が少し赤くなる。
「正解ニャンかニャイ……そうじゃニャイのか?」
踊り子はその言葉にハッとした。
彼女が踊っているベリーダンスは、『これが正統だ』と言い切れる正解の『形』が見えないものだった。起源も曖昧で、多種多様。元々は祭事的な要素が強かったと言われているが、ハーレムで官能的に踊られ、安易なセクシーさの象徴としての一面もあった。女性性や精神を解放して、むしろ誰にも媚びず、自由に生きる手段としての一面もある。
正解がないから迷う。自分が『こう在りたい』という正解を自分で選び取るしかない。そういう踊りだった。だからこそ、彼女はこの踊りを選んだのだ。……いや待て。果たしてこの考えは私のものだったのか?
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