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第35回歌壇賞候補作品を読む「海のもの、山のもの」③

大勢の客にぎわいし日々ありき食堂がらんと天井高し
「がらんと」した食堂に主体が訪れる。普段なら大勢の客で賑わっているであろう食堂の静けさの描写。天井高しとあり広々とした気持ちよさと少しの寂しさ。主体の気持ちも同じだろう。

青年は椅子を立ちたりひらひらと日本地図のみ一枚持ちて
青年という爽やかな響き、青年を通して気ままな一人旅への好意的な感情。ひらひらと一枚持ちてなど軽やかな描写。身軽な青年に対して羨望の思いも感じられる。

万緑の沼のほとりで東京に猛暑日つづく予報ながめる
東京の天気予報をながめる場面を描写することで、主体のいる場所が万緑の沼のほとりという大自然。比較することで余計に涼しさが伝わる。

磨りガラスに青葉ひしめく みずからの性に違和なく過ごしているが
性に対する主体の思い。違和感なく過ごしているが何かモヤがかかった状態。それを上手く磨りガラスに青葉ひしめくという表現で示している。

ぐいぐいと水飲むときの生きたさは簡潔にわが母の明るさ
主体にとって母の存在が大きいと感じる。ぐいぐいと水飲むとき母と同じ自分を感じ明るさを嬉しく思っているのだろう。色々思うこともあるが簡潔に考えていいのだと、私自身も後押ししたくなる一首。

王冠を授かるごとくうつむきてふかぶかとヘルメットをかぶる
ただヘルメットを被る動作にこの比喩を加えることで、とても印象的な一首になり心に残る。厳かな緊張感、自信や喜び、複雑な心境など主体にとってバイクに乗るということの尊さを表現しているのではないか。

わけもなく生かされており海のもの、山のものこの手に捕えずに
タイトルにもある海のもの、山のものを捉えずにいる主体。男であれば狩猟を示しているのか。主体は女で狩はしない。わけもなく生かされているという表現が切ない。

卵ひとつ抱くようなり風なかにもの思いつつ背を丸めれば
丸めた背が物悲しい。卵をひとつ抱くという表現に女であることが比喩され、衝撃で割れてしまうものを抱いた主体の傷つきやすさ脆さがみえる。

百日紅の一枝(いっし)大きく揺れていて帰っておいでと母に呼ばるる
サルスベリ(百日紅)の花言葉は「雄弁」「饒舌」「あなたを信じる」とある。このことを重ねてみると主体の母が百日紅のような人ではないかと捉える。主体を雄大な豪快さで包んでくれる存在のように感じた。大きな一枝から主体にとって間違いなく尊敬する母であろうと。郷里の気持ちも伺える。

どこへ行くということもなくハンドルを切れば大地に夕陽かたむく
主体の思いは解決していないが、むしろそのまま、ありのままでいいのではないかと感じた。大地に夕陽が傾くように自然に好きなようにナナハンに跨り、これからも楽しんで欲しいと応援したくなった。

全首読み終えて、私はバイクを乗らないが主体と一緒に旅に出た気分である。とても気持ちが良くそして少し切なかった。松本さんの作品は王冠や卵など、びっくりするくらい素敵な比喩でおお〜と感嘆する。そして何より丁寧な描写は、読めば脳内で景色が再生される。こんな風に詠めたらと憧れてやまない。
素敵な作品をありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

ここまで感想を読んでくださったあなたにも感謝でいっぱいです。
ありがとうございます。ではまた。
良い週末を!

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