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高校生が書いた小説『ツバキの花は落ちたまま』⑦

第九話 友達には幸せでいてほしいから
 瑞稀の家についた。インターホンを押す。

 五分経った。誰も出ない。ドアに手をかけると、鍵がかかっていないことに気づいた。もしこのまま無 断で入ってしまえば、私は住居侵入罪を犯すことになるだろう。しかし今になってそんなものは関係ない。私は ドアを開けて瑞稀の家の中へ入った。

 リビングに着いた。そこには、一枚の紙が置かれていた。

椿へ

      ごめんね。ありがとう。

                     瑞稀

 それだけが書かれてあった。

「瑞稀、一体何をしようとしているの?」

 物音ひとつない瑞稀の家の中で、私はそう呟いた。

 瑞稀は何かを企んでいる。何かは分からなくても、止めなくてはならない。それが私の使命に思えた。

 瑞稀の家のなかに何か手がかりがあるのではないかと思っていろいろ見て回ってみた。一つ見つけた。

 塾のパンフレットだ。ここから三十分ほど電車で行ったところにあるらしい。ふと、説明会の日程を見 る。そこには、今日の日付が書かれていた。赤いボールペンで日付に丸されている。きっと瑞稀はこれに 向かったのだろう。この説明会は夕方から。まだ四時間程度ある。

 でもなぜ?

 私からの連絡を拒絶してまで行くのが塾の説明会だけなんてことはないはず。ということは塾の説明会を利用して何かをしようとしている。塾の説明会といえば金銭的な話もあるだろうから親も一緒に行くはずだ。であれば親が関係している?

 冷静に考えてみれば、もう家を出発していることは塾の説明会以外に予定が無いならおかしい。どこかに寄るはずだ。

 どこ?

 考える。瑞稀が行きそうなところ。きっとその場所でなければならないはず。どこにでもあるような場所では無いはず。であればどこだろうか。

 分からない。ふと窓の外を見る。綺麗な景色だ。庭には木々が生い茂っている。

 …… 木々。葉っぱ。今は青葉が綺麗な時期だ。瑞稀は青葉が好きだと言った。だとしたら…… あの塾の近くには広い庭園がある。観光スポットとして有名だ。

 そこしかない。その塾の近くにあって、そこにしかない場所で、瑞稀が行きそうな所は。

 それが分かれば、急いでそこに向かうことにした。瑞稀の家を出て、走る。周りから見たら変な人かもしれないけど、今はそんなこと気にしている場合ではない。他人からの評価と大切な友達、天秤にかける必要もなくどちらが重要かなんて明らかだろう。

 駅に着く。

 電車に乗る。

 駅に着く。

 電車を出る。

 改札をくぐる。

 走る。

 瑞稀がいるであろうその場所まで。

 そこは、美しい場所だった。静かで、空気が綺麗で、趣のある場所だった。夏休みとはいえ平日だから人はいなかった。辺り一面が木々に囲まれている。青葉だ。瑞稀の好きな青葉。

 少し歩くと、池があった。池の向こうに、装飾の施された存在感のある建物があった。橋を渡ってそこへ向かう。橋を渡る私の足の音だけが辺りに響く。

 その建物についた。中に入ると、池が一望できた。

 そこに、一人の少女がいた。傷ついた心を癒すように、彼女は池をただ眺めていた。

「瑞稀」

 私は彼女の名前を呼ぶ。ずっと探していたその名前を。

「来ると思ってたよ、椿。久しぶり」

 瑞稀は私が来ることを分かっていたようにそう言った。驚いた様子はなかった。

「ボクの母親ならあれとは別の塾の説明会に行ってるよ。あと三十分くらいで終わってここに来る」

 私が知りたいのはそんなことじゃない。瑞稀がいったい何を思って、何を計画しているのか、それが知りたい。

「ねぇ、良かったら瑞稀の話、聞かせてくれる?」

 そう問いかけてみる。返答はもう、分かっていた。

「わざわざかしこまって聞かなくてもいいのに。そのために椿をここに誘導したんだから」

 瑞稀は全てを話してくれた。父親のこと、母親のこと、そしてこれからのこと。

「どうせ死ぬならこの庭園が良いなって思ったんだ。青葉が綺麗でしょ?」

 それはつまり、ここで「それ」をすることを意味している。それはダメだと思った。瑞稀はまだ生きなくてはならない。たとえ苦しい環境の中にいても。それに私が手助けすればきっと状況は改善する。

「瑞稀の状況は分かった。でも心中するのは納得できない。きっともっと平和的な解決手段があるよ!私が協力するから、一緒に探そう?瑞稀が幸せに暮らせる方法を」

「あるかもしれない。たしかにそう。でもそれは可能性でしかない。もう、可能性に頼りたくないの」

「たとえ可能性だとしても、0では無いんだから、やる価値はあると思う。瑞稀のその手段は…… 瑞稀が幸せになれる可能性は0だよ…… 」

「ボクが幸せになれないのはその方法を取る以上分かってる。でも確実に苦痛から解放される。幸せになるのと苦痛から解放されるの、そこに価値的な差異はないと思う」

「ああもう…… !私が瑞稀に死んでほしくないの!幸せになってほしいの!」

「ごめん。椿や柚葉を悲しませる意図はないんだけど、これは仕方のないことだから」

「だから何か方法が…… !」

 私がそう言いかけると同時に、奥に人が見えた。会ったことはないけれど雰囲気で分かる。瑞稀の母親だ。もう、時間が来てしまったのか。

「…… 最後に一つだけ聞かせて。今日、どうして私をここに呼んだの?」

 ずっと思っていた疑問をぶつける。

「なんでだろうね。直感が『椿をここへ呼んだ方がいい』って言った、それだけだよ」

 直感。私の直感も不思議だけど、瑞稀の直感も十分不思議だ。

「あら瑞稀、その人は誰?」

 瑞稀の母親は私たちのもとに来て、そう言った。

「この人は…… ボクの大切な親友だよ」

「そうなのね。どうしてここにその人がいるの?」

 瑞稀の母親がそう聞いた。たしかに母親目線では不思議だ。塾の説明会を聞いて娘と合流したと思ったらそこには娘の大切な親友がいたのだから。

「それは、ボクが必要だと思ったから。ねぇ、そろそろ終わりにしよう」

 瑞稀がそう言って母親に近づいていく。だめ、そのままいったら二人は死んでしまう。

 止めないといけない。瑞稀が取り返しのつかない罪を犯す前に。まだ幸せになる余地が残されている間に。

 そんな思いとは裏腹に、私の足は動かなかった。止めようという意志はあるのに動かない。分からない。どうして。このまま私は目の前で起こることを見てろっていうの?

 いくら頑張っても私は体は動かず、瑞稀は着々と母親に近づいていった。やがて手で触れられる程度に二人は近付いた。私からは瑞稀の後ろ姿しか見えないから、どんな表情で今そこにいるのか分からない。

 瑞稀はナイフを取り出し、母親を刺した。静かな庭園に、声にならない叫びが響いた。

 瑞稀の母親は抵抗しなかった。何が起こっているか分からないといった様子だった。やがて、その母親は永遠に、言葉を発することができなくなつた。

 瑞稀はこのまま自分も死んで無理心中を果たすつもりだ。それだけはダメ。

 それだけはダメ。
 それだけはダメ。
 それだけはダメ。
 それだけはダメ。
 それだけはダメ。
 それだけはダメ。

 こんなに強く瑞稀を止めないといけないと思っているのに、体が動かない。まるで自分の体ではないような感じ。自分で自分をコントロールできない。

 無情なことに、瑞稀はもう一本ナイフを取り出し、自分に刃先を向けた。覚悟を決めたらしく、深呼吸して、自分に刺そうとした。

 私は見ていられなかった。体は動かなくても目を閉じることはできた。だから目を閉じた。瑞稀のその瞬間が見たくなかったから。

 どれほどの時間が経っただろう。庭園は静寂に包まれていた。もう瑞稀は死んでしまったのだろうか。

 恐る恐る目を開ける。

 そこには、瑞稀がいた。瑞稀は立っていた。まだ生きていた。

 瑞稀の手は、震えていた。刃先は依然として瑞稀に向いていたけれど、ナイフの持ち手に力が入っていない様子だった。

 怖いんだ。死ぬのが。

 そう思うとなぜか私の体は自分の支配下へ戻ったように自由に動いた。

 瑞稀の側へ行った。瑞稀の震えた手が持っていたナイフをそっと取り上げた。

 瑞稀は、私を見た。その顔は、涙で溢れていた。

 瑞稀は膝から崩れ落ちるように脱力して、石のように固まった。

 やがて、瑞稀の脳がこの状況を理解するに至ったのか、瑞稀は私の方へ手を伸ばした。

 私はその手を握って、瑞稀を抱きしめた。

「もう大丈夫だよ、瑞稀。我慢する必要はない。私がいるから大丈夫」

 瑞稀は私の胸に体を寄せて泣いた。泣き続けた。私はそれを受け入れた。

 私たちは心が整理されるまで、立ち上がれるそのときまで同じ場所で互いの体温を感じ合った。あれから何時間経ったのか、夜になって、瑞稀は冷静さを取り戻したようだった。

 そこからは、二人で協力して後処理を行った。幸い、死体にはナイフが刺さったままだったため大きな出血はなく、すでに止血されていた。だから死体を池に沈めた。これで当分はバレないと思う。

 一緒に私の家に帰った。私は一人暮らしだし、瑞稀はもう身寄りがいないからちょうど良かった。

 私たちは罪を犯してしまった。それでも、生きている限り精一杯生きなければいけない。

 今日はいろいろなことがあった。家に帰るとすぐに、私たちはご飯を食べることも忘れて眠りについた。

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