高校生が書いた小説『ツバキの花は落ちたまま』⑧
第十話 束の間の休息
朝、目が覚めると隣には瑞稀がいた。
朝ごはんを作っていると、瑞稀が起きてきた。
「おはよう」
そう瑞稀が言った。だから私は
「おはよう、瑞稀」
と、そう返した。
人と一緒に食べる朝ご飯は美味しい。
「椿、昨日は…… ごめんなさい。こんな言葉で償いきれないのは分かってる。でも、謝らずにはいられなくって…… 。嬉しかった。椿がボクを包み込んでくれて、ボクはこうして冷静になれた。ありがとう。…… ボクは許されないことをした。いずれ償う時が来ると思う。でもそれまでは…… 椿と一緒に過ごしたい」
「もちろんだよ瑞稀。一緒に支え合いながらそのときまで一緒に暮らそう。ここで」
朝ごはんを食べつつ、私たちはそんな会話をした。
今日一日、私は瑞稀と家で過ごした。瑞稀は昨日よりは心が安定しているとはいえ、依然として不安定で、ときどき昨日のことを思い出して泣いてしまったこともあった。そういうときはそっと瑞稀の手を握った。
暇な時間は、ぼーっとテレビを眺めたり、外の景色を見たりしていた。そういう何もしない時間が、私たちの心を癒してくれた。
朝起きて、朝ご飯を食べて、ぼーっと過ごして、お昼ご飯を食べて、ぼーっと過ごして、夜ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。そんな生活を何日も続けるうちに、私たちはまた立ち上がるためのエネルギーを得ることができた。
そういえば、柚葉の経過は良好なそうだ。瑞稀のことがあってしばらくお見舞いに行けてない。たまには来てね、という柚葉からのメッセージを見て、瑞稀にそれを伝えると、次の日に私一人でお見舞いに行くことになった。
柚葉にはまだ瑞稀の一件は話していない。療養中の柚葉には負担が大きすぎる話だし、ネガティブな気持ちになることで病気の回復にも影響を与えるかもしれなからだ。
柚葉の入院する病院で侵入者による入院患者への無差別殺人事件があったとテレビのニュースキャスターが報じたのは、その日の夜だった。
第十一話 杞憂
いてもたってもいられなかった。ぼーっとテレビを見ていると突然そのニュースは流れた。今分かっているだけでも死者は十人を超えるらしい。怪我人となると三十人に迫る勢いだ。犯人は自害を図ったものの死ぬことは叶わず、現在治療を受けているとのことだ。
瑞稀にニュースのことを伝えると、
「ボクのことはいいからひとりで行って、柚葉が無事が見てきてほしい」
と言われた。瑞稀も一緒に行くかと聞いたけれど、ボクはまだ外に出て何か出来るほど回復してないから、と言われたのでひとりだ。
柚葉の入院する病院に着くと、そこは修羅場だった。目に見えるだけで怪我人が何人もいる。辺りに血の匂いが充満している。怪我人の苦痛の叫びが聞こえる。何も言葉を発さない人もいる。いや、もう発することができないと言った方が適切かもしれない。
柚葉の病室まで向かう。それだけでも一苦労で、エスカレーターは医療従事者の人達が占有していて使えないから一般人は階段を使うしかないのだけど、そういう人の列で階段は渋滞していた。皆この病院に入院している親族や知り合いの安否を知るために来ているのだろう。私もその一人だ。
やっとの思いで柚葉のいる病室の入口についた。この扉を開けると柚葉の安否が明らかになる。
私は柚葉が無事であることを祈りつつ、扉を開けた。
そこには見慣れた顔があった。柚葉だ。手術によるもの以外に傷は見られない。無傷ということだ。
「柚葉…… !無事で良かった…… もし巻き込まれてたらと思うと…… 」
私はずっと心うちに秘めていた思いを吐き出す。もしかしたら、そんなこと考えない方がいいのは分かってた。でも、考えずにはいられなかった。それが杞憂だと分かって、心から安心した。
「椿さん、心配させてごめんなさい。私は無事ですよ。安心してください」
柚葉から今回の事件の顛末を聞いた。なんとも悲惨な事件だった。幸い柚葉のいる階には来なかったようで、精神的ダメージも少ないみたい。良かった。
久しぶりに柚葉に会ったから、少し柚葉の容態について話したり、夏休みの宿題の進捗度を共有したりした。そのとき、瑞稀のことも聞かれた。
「瑞稀は最近忙しいみたいで…… でも元気だよ。心配には及ばないと思う」
私は柚葉にそう言った。まだ柚葉があれを知るには早い。まして、あんな事件が身近であった後に話すことではない。
十分ほど話したあと、私は家に帰った。今の状況を鑑みて、長居するわけにもいかないと感じたからだ。
家に着くと、瑞稀はもう寝ていた。起こす理由もないので、付けた電気をすぐに消して、私も瑞稀が寝ているベッドに向かい、そのまま眠りについた。