高校生が書いた小説『ツバキの花は落ちたまま』⑥
第八話 死期はついでを待たず
椿から送られた、柚葉の手術が終わったというメッセージをみて、ボクは安心した。これでもう心残りはなくなった。
昔からボクの親は教育熱心だった。小学校の頃,いやもっと前かもしれない、ボクの才能に親が気付いた。大抵のことはやればなんでもできるボクの才能に。
父親はボクを褒めてくれた。何をしても。父はボクが絵を描いても、その絵を見て「すごいじゃないか」と褒めてくれた。
母親は違った。母親はボクを褒めなかった。ボクの出来た部分ではなく、出来なかった部分を見て「もっと頑張りなさい」と言った。そうすればボクが頑張るのを知っていたから。ボクが頑張ればどんな事でも大抵可能なことを知ったから。
両親は教育に関する考えが真反対だった。父親は自由にさせることが良いと考えていた。母親は厳しくするのが良いと考えていた。そのどちらがいいか、それは分からない。でもボクに厳しい環境は合わなかった。
母親はボクを塾に入れようとした。それ自体は良かった。しかし程度が問題だった。母親はボクを毎日塾に通わせようとしたのだ。平日、休日、祝日問わず毎日。それも夜遅くまで。父親はそれに反対した。
数えるのも嫌になる程の夫婦喧嘩を経て、結果週二回に落ち着いた。
ボクは絵を描くことが好きだ。だから美術部に入りたかった。母親は当然反対した。しかし父親がボクの絵を気に入ってくれていたこともあって、母親を無視して入らせてくれた。美術部での絵を描く時間はボクの癒しの時間となった。
高校に入ると、ある二人に出会った。ユズこと柚葉と椿。二人はボクの最大の友達、いや、最大の親友となった。高校生活が楽しかった。二人がいれば母親の事なんてどうでもいいと思えた。
そんな夢みたいな状況はそう長く続かなかった。
七月のある日、父親が交通事故で亡くなった。その知らせを聞いたとき、ボクは信じられなかった。なんで、あの母親じゃないんだ。お葬式などを一通り終えてボクの心にあったのは、父親を失った悲しさと、母親に対する恐怖だった。
父親を亡くした母親はボクの自由を少しずつ奪っていった。それと同時期に、柚葉が手術することが分かった。大切な親友が手術するとなれば、母親など気にしている場合ではない。ボクは母親からの束縛を無理やりにでも突き破って柚葉のもとに、椿のもとに行った。
所詮ボクは子供だ。親がいなければ生きていけない。ボクが母親に反抗すればするほど母親からの束縛は強くなっていった。やがて、その束縛を解くことができなくなった。
自由がなくなること。美術部のあの時間が、二人と過ごすあの時間が無くなること、それはボクの人生の価値の消失を意味した。
価値のないそんな人生なんて生きている意味がないと思った。これを何とかする方法は二つある。一つは価値を取り戻すこと。しかしそれの意味するところは、母親の殺害だ。他の平和的な方法があると言う人がいるかもしれないけど、それはあくまで可能性だろう。ボクはもうそんな可能性に縋るのは嫌だ。やるなら確実にやりたい。もう一つの方法は、自らの命を絶つこと。そうすればこの価値のない人生を生きる必要がなくなる。
ボクは、両方やることを選択した。はじめは後者だけにするつもりだった。でも、それだとあの母親が生き残ってしまう。それは公共の福祉に反している。だから死んで然るべきだ。そう思った。
無理心中することを決めてから、準備に取り掛かった。凶器の剪定や実行する場所決めなど、することは盛りだくさんだった。
一つだけ心残りがあった。ボクの人生を続ける意味が一つだけあった。それは柚葉の手術の結果だった。だから柚葉の手術の結果が成功だと知ったとき、ボクは覚悟を決めた。これを実行に移す覚悟を。