高校生が書いた小説『ツバキの花は落ちたまま』⑨
第十二話 可能性と運命
柚葉のお見舞いに行き、瑞稀と過ごし、ときどき夏休みの宿題を進める。そんな日々を過ごした。
今日も今日とて柚葉のもとにお見舞いに行った。相変わらず経過良好らしい。退院も見えてきたそうだ。明るい未来があるのは良いことだと思う。そうすれば今頑張る原動力になるから。
病室を出て家に帰ろうとしたとき、見知らぬ医者に声をかけられた。
「すみません、神楽椿さんですか?」
その医者は柚葉ではなく私に用があるそうで、そう問いかけてくる。
「はい、そうです。私の何の用でしょうか?」
「少し姫宮柚葉さんについてお伺いしたいことがございまして。お時間よろしいですか?」
柚葉のことについて聞きたいようだ。何かしらの目的があるのだろう。それによって柚葉に少しでも恩恵があるのなら、拒否する理由はない。
柚葉のいる病棟の隣の病棟に案内された。一体ここには何科があるのだろう。初めていく場所だからよく分からない。やがて部屋の中に通され、その医者と一対一で向かい合う形になった。
「お時間つくっていただいて有難うございます。早速ですが、日頃の姫宮さんはどんな感じですか?」
私はそれに正直に答える。
「とても元気だと思います。あの事件があって、少し精神的に不安定なところがあるかと思いましたが、特に私から見てそういうところはないです。夏休みの宿題も、入院中なのにコツコツやっていますし、昨日食べた病院食のこれが美味しかったとか、今日はこんなことができるようになったとかポジティブなことも教えてくれます」
医者はそれを聞いて、少し険しい顔をしたような気がしたけれど、またすぐに優しい表情をして言った。
「そうですか。それは良かったです。…… ところで、今日神楽さんをここにお呼びしたのにはもう一つ目的がありまして。あなたが病院を歩いている姿を見ると、少し背骨が曲がっている気がするんです。もしかしたら病気かもしれません。幸い緊急で処置をする必要は今のところないと思われますが、もし仮に今後悪化するようなら手術の検討が必要です。そこでなのですが、一回検査入院してはどうでしょう。実際検査してみないと分からないことも多いですしね」
医者から言われたのは私が予想していたこととは検討外れの内容だった。私が病気である可能性がある、ということらしい。しかし医者の話し方からして、病気というまでの可能性は低いが念のため検査してみてはどうか、という程度だろう。たしかに、可能性がある以上それを潰しておきたいとは思う。今は夏休みだから学校の心配もない。入院といえど検査入院なら大した日数いないだろうし。
しかし一つ確認しなければいけないことがある。
「私のことまで気にしていただきありがとうございます。それについては是非とも検査を受けたいと思っているんですが、少し待っていただくことはできますか?一日あれば大丈夫です」
一日くらい待ってくれるだろうと思ったのだけれど、気づいたら医者は難しいことを考えてるような顔をしていた。
「…… 一日ですね、わかりました。では、明日の同じ時間に姫宮さんのお見舞いにいらしてください。私が迎えに行きます」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと、やがて医者との話は終わり、解放された。まさかお見舞いに行ったら自分が病気かもしれないと言われるとは思わなかった。予想外ではあるけど、考えてみれば昔から姿勢が悪いとは言われたことがあるし、時間の問題だったのかもしれない。
家に着いた。瑞稀はテレビをつけてスマホをいじっていたが、私に気付くとスマホから目を離して私を見て「おかえり、椿」と言った。だから私は「ただいま、瑞稀」と返した。
今日会った話を瑞稀にした。
「検査入院ってことは病気が確定したわけじゃないんだよね。手術の必要も考えにくいみたいだし…… うん、大丈夫。私はもう一人で暮らせるから、気にせず検査入院してほしい。ボクからしても椿が病気の可能性を抱えたまま生活しているのは嫌だし。検査して病気じゃないって分かったら帰ってきて、また同じように一緒に暮らそう!」
瑞稀は快く私の検査入院を受け入れてくれた。瑞稀もまだ完全に回復しきっていないのに、気を使わせてしまって申し訳ないと思う。
「ありがとう瑞稀。ちゃちゃっと検査して何もないこと確認して戻ってくるね!」
私たちは入院までの時間をゆっくり二人で過ごした。
翌日、医者に支持されたように昨日と同じ時間に柚葉のお見舞いに行く。柚葉との話を終えると、医者が病室の外で待っていた。ちなみに、柚葉には入院することを話した。何事もなければ良いね、と言ってくれた。
医者についていくと、昨日と同じような部屋に案内された。そこで入院に必要な様々な書類を受け取り、それに必要事項を記入していった。私だけではそういう手続きはできないから、親にも来てもらった。私は一人暮らしをしているけど親がいないわけじゃない。親への説明はあの医者が一通りしてくれたらしい。
手続きを終えると、親は帰った。医者と二人になった。昨日と同じ状況だ。
「迅速な手続きありがとうございます。昨日名乗り忘れていましたが、桐山といいます。これから神楽さんが退院するまで担当になります。よろしくお願いしますね」
桐山さんというらしい。とすれば桐山先生か。
「神楽椿です。よろしくお願いします」
形式的に私からも挨拶しておく。
「こちらこそ。早速なんですが、ある検査をしても良いですか?入院患者全員にしているものなのであまり気負わなくて大丈夫です。神楽さんの背骨のことには全く関係ない検査です。よろしいですか?」
「はい、構いません」
入院患者全員にやっているものといったらアンケートのようなものだろうか、そう思っていると。桐山先生が何枚かのカードを取り出した。
「ありがとうございます。では始めさせてもらいますね。これから私が机の上にカードを出します。そのカードに書いてあるものが神楽さんにはどう見えるか、教えてください。…… それでは、これは何に見えますか?」
先生が机の上に出したカードには、黒いインクのシミのようなものがうつっていた。
言われた通りに何に見えるか答えた。すると次は違う形のインクのシミのようなものを見せられた。
これが、十回ほど続いた。
「検査のご協力ありがとうございます。それでは病室の方まで看護師が案内しますのでそれに従ってください」
すると、ちょうど良いタイミングで看護師が部屋に入ってきた。
「看護師の小鳥遊です。今日一日神楽さんを担当することになります。早速ですが神楽さんの病室まで案内するので着いてきてください。そのあとに他の施設も紹介します」
私は小鳥遊さんについていっていろいろ施設を紹介してもらった。シャワー室やナースステーション、お手洗いの場所など様々。
今日はこれ以上検査はないようだ。明日から本格的に検査が始まるのだと小鳥遊さんに教えてもらったので、今日はゆったり病室のベッドで過ごすことにした。
次の日、検査が始まった。レントゲン検査から、聞いたこともないような検査まで、いろいろな検査を受けた。
一通りの検査を終えた私は病室のベッドでスマホをいじっていた。はやく病気じゃないことを確かめて瑞稀や柚葉に安心してほしい。そうすれば、二人とも自分のことに集中できると思うから。
少しして、桐山先生が私の病室へ訪ねてきた。
「神楽椿さん。大事な話があります。覚悟して聞いてください」