【Catcher In The Relay】啓蒙を曖昧にして、破壊して

はじめに。

Catcher In The Relay」4曲目の「蒙昧termination」を担当させていただく栗花落(つゆり)と申します。普段は絵を描いたり変にキモオタク的または思想強めなツイートをしたりなど。


素敵な企画に参加させていただき光栄です。

参加を快諾してくださった主催者のナツさん、そして記事を読んでくださる皆さまに最大級の感謝を。



推理編のトレイラーはこちらから、解決編のトレイラーはこちらから。

他の参加者様の素敵な記事はこちらから。





【百年戦争】
1339~1453年までのイギリス王とフランス王の戦争。王位継承、領有権での対立などが原因であったが、長期化し、その間に農民一揆や黒死病の流行などもあり、両国とも封建領主層が没落し、王権による統合が進み、国民国家形成にすすむという社会と国家の大きな変動がもたらされた。戦いはフランス領内で展開された。(引用∶世界史の窓)


【ジャンヌ・ダルク】
15世紀のフランス王国の軍人。フランスの国民的ヒロインで、カトリック教会における聖人でもある。「オルレアンの乙女」とも呼ばれる。(引用∶Wikipedia




全てを投げ打って数多の犠牲を払ったとしても正義を貫いて、自分が悪だと見做した全てに立ち向かったあの人のことを、あの日のことを、あの場所のことを。忘れないと決めた。忘れたくなかった。忘れるはずなどなかった。

ではなぜ、思い出せるシーンはどれもピントがずれたようにぼやけている?あの日あの人が僕に言った言葉を声とともに思い出せなくなっている?本当にあの日救われたのは、それを頑として信じなかったのは、飛ぶ鳥を撃ち落す勢いで強く強く生きていたあの人は、

あの人は、

僕は、

周りの罵声に蹲るしか出来ない僕は、

ただ、ただ強くあの人に焦がれていただけなのです。




何も変わらない、それこそが平和であると思っていた現実に嫌気が差したあの人は、善も悪も関係なく啓蒙的な言動で人々を次々と虜にしていった。自分はそんな甘言に乗りはしないと冷めた目で見つめていた人達も、あんなのは嘘だのまやかしだのと揶揄していた人達も、どうしたって彼女の振る舞いを看過することはできずに彼女を信じてしまったのである。

何も知らず、それこそ善悪の判断もあやふやで曖昧な自分が、唯一これだけは善だと言えるのがあの人であった。あの人こそが正義であり、善であり、自分にとっての光そのものだったのだ。あの人のことを異常だと宣うような人も多かったが、それこそが異常だ。周囲の人間が異常であり、あの人含む自分たちが正常であるからこそこちらを「異常」と見做すのだ。あの人のことをよく知りもしないから異常だなんて言えてしまうのだと思うと苛立って仕方なかった。

無償の幸福を享受する、その瞬間を指を咥えて待つだけのあなたたちなどとは違うのだ。素知らぬ顔で人の悪事を見過ごして後始末もろくにしないようなあなたたちなどとは違うのだ。

あなたたちこそが異常であるならば、破壊したっていいだろう。正義の鉄槌を振り下ろしてもいいだろう。

自分たちが、あの人が、正義であり善であるのだから。




あの人はそんな周囲の言葉を意に介すこともなく、不要な言葉や扱いは焼却炉にごみを捨てるかのように振る舞っていた。周囲の人間は変わらず「正義」を振りかざして教典を押し付けてくるが、そんなものでは全く絆されない。僕も、あの人がそうしていたようにそれを焼却炉に投げ入れた。
あの人がしていたから。

あの人がしているのであれば、それは絶対に正しいのだ。
そうでなければ、僕のこの行動は異常に、悪になってしまうじゃないか!

あの人の教えてくれたことが何ひとつとして間違っているはずがない!

だって、そうでなければ、僕が今まで信じているあの人がおかしいんだって、異常だって、そう後ろ指を指されてしまう。そんなことがあっていいはずがないし、そんなわけがない。僕もあの人も正しいに決まっている。正しいのは僕でありあの人であり、異常なのは周囲の人間であるのだ。

国も善も悪も男も女も関係なく、まるで興味ないとでも言いたげな振る舞いをしているあの人が啓蒙しているのであれば、愚かな僕に知識を与えてくれるのであれば、それこそが正しい。

正しいはずだ。

たとえそれが、ひどくあやふやで曖昧なものであったとしても。




あの人の言葉を借りて、あの人のように振る舞って、あの人から与えられた知識をかつての僕のように愚かな人達へと与える。これで世界は平和になる。邪魔をする人間には正義を振りかざして戦えばいいのだから。

刹那、僕に向けられたであろう怒号が聞こえる。

「だーだーだーと呪文か経本適当千万やりやがって!」

その怒号は、僕の根本にある“あの人”に向かってではなく紛れもない“僕”に向かってのものだった。あの人の真似事をしていただけの僕に。

僕はあの人ではない。
いくら同じように振る舞っても、同じような言葉を吐いても、与えられた知識を横流ししようと、あの人にはなり得ない。


「僕じゃない!やったのは“あの人”だ!“あの人”に言ってくれ!」

あれ、

もしかして僕は未だ愚かなままだった?
僕の中の常識は他人にとっての非常識で、悪で、異常で、だから僕も、?



ああ!ああ!
僕こそが異常であることに気づいてしまった!あの人が異常であったことに気づいてしまった!

壊れた常識が元に戻ることはなく、僕が目を逸らし続けてきた異常性は僕の前にやっと姿を現した。

彼女が異常で、それに魅せられた僕も異常で、惹かれていった人達も異常だ。それが、それだけが真実だ。
彼女のことはもう信じない。盲信していた僕はもういないが、先導者であり扇動者であった彼女は今日もそのままの異常性で人々を虜にしていく。

何かしらの勝算があっても、もうそろそろでその連勝記録も途絶え、連敗記録に変わるだろう。
その異常さに僕はもう関係がなくなる。

その異常さに目を逸らせなくなってしまったのも、彼女の手駒のように生きていたのも事実だ。しかし、この知識を持っていたのも、この振る舞い方をしていたのも僕じゃない。

全ては彼女に言っておいてくれ。



……



ここが「蒙昧」の終着点。
それに気づけただけでも良かったのかもしれない。

僕も、あの人も、異常者でありました。
それに目を奪われ続けて逸らせなかっただけでした。
それに心が疼いてしまって止められなかっただけでした。





【啓蒙】けい・もう
無知の人を啓発して正しい知識に導くこと。

【曖昧】あい・まい
内容がしっかり捉えにくく、はっきりしないさま。

【蒙昧】もう・まい
知識が浅く道理に暗いこと。
本記事においては「無知の人を曖昧な知識で導くこと」と定義する。

【蒙昧termination】
蒙昧の終着点。



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