つよがり
松下洸平さんのデビュー曲「つよがり」を聞いて妄想したお話です。
元気かい?
君はいつものように一瞬目を丸くしたあとで、僕を指差しながら笑うだろう。
「おかしい。アキくん。私死んでるのに元気?なんて」。
君の細い腕、細い指。
それがいのちの終わりが近づいている儚さなんて、最初は知らなかった。
だって君はいつも、僕が何か言うたび一瞬目を丸くしたあとで誰よりも大きな声で笑ってたんだ。
そして決まって、
「おかしい。アキくん。でもアキくんのそういうとこ好き」。
何度も何度も何度も。
馬鹿笑いから真面目な顔に戻って言われたら、僕だって好きになってしまうだろ?
元気かい?
付き合って初めての夏、花火を見に行ったね。
夕暮れからの外出に、昼間の熱が残るまとわりつくような湿った空気を君は喜んだ。
「日差しの強さは窓からでもわかるけど、湿気はわからないから」。
そして花火が打ち上がるたび、一瞬でぎゅっと目を閉じた。
最初は気づかなかったよ。
僕の肩に届くか届かないかの君がそんなことをしてるなんて。
「せっかくの花火なのになんで目を閉じるの?」
聞いた僕に君はまた目を丸くして笑いながら言った。
「おかしい。アキくん。言ったじゃない。私もうそんなに生きられないんだって。打ち上がってすぐ目を閉じたら残像が見えるでしょ。そうやってシャッター切って、目の奥に花火を焼き付けてるんだよ」。
そんな君がいじらしくて、せつなくて、いとしくて。
次の花火があがった瞬間、目をつぶった君の唇に初めてのキスをした。
「おかしい。アキくん。目つぶった瞬間、狙ってたでしょ」。
見透かしたように笑う君の一言に僕はうろたえ、そして思わず笑いがこみあげた。
結局、花火そっちのけで二人で涙が出るほど笑ったっけ。
元気かい?
僕には覚悟が足りなかった。
生きることに使える時間が決まっているなら、その間笑っていたいという君にずっと笑ってあげることができなかった。
「どうして?」
君の命を可視化する緑色の線に一喜一憂し、答えなど出ない問いを思わず口にしてしまった僕に君は言ったね。
「おかしい。アキくん。最初から言ってたじゃない」。
閉じた目を精一杯見開いて、笑ってくれたんだ。
そう、君は最初から言っていた。
「どうして?」なんて問いは、とっくに昇華していたんだろう。
緑色の線がまっすぐになり、静かに目を閉じる君に僕はそっと口づけした。
「目を閉じた瞬間を狙ってたんだよ」。
だれにもウケたことがない僕のジョークにも、君はもう笑ってくれることはない。
元気かい?
あの花火の日、君はひとしきり笑った後つぶやいた。
「これが私の最後の恋かな」。
ずるいね、君は。
僕はその一言で君の思いを知ってしまった。
だから僕もつよがってさよならは言わないよ。
これが僕にとっても最後の恋。