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僕らが取り戻した夏が終わる

日が暮れるとやや涼しげな風を感じるようになり、猛威を振るったあの暑さも少し名残惜しくなる。
私が住む長野はすでに稲穂が垂れ、色が変わり始めて視覚的にも夏の終わりを告げてきます。

今年は狩野川花火大会が開催され、夏祭り自体に久しぶりに参加することができました。
まぁそこで腰をいわしてしまったので8月何もできなかったりしたんですが、何もできないなりにあの時間を咀嚼してました。
そこで思い至ったのが、あの夏祭りという空間は、人が生きてくうえで必要なことなんだと実感した次第です。

どちらかというと人混みは苦手なんですが、それでも久しぶりに味わう祭りの人混みはどこか心地良さを感じました。

商店街の酒屋に駆け込んで、キンキンに冷えた地ビールを喉に流し込みながら、適当な屋台で調達した妙に塩気が効きすぎてるような肉を頬張る快感。
なかなかな背徳感と快感でもうそれだけで満足してしまい、夏祭りを撮影するために気合を入れて機材を持ち運んでいるのに意味を成しませんでしたね。

歩行者天国で行われていた演目に高校生のダンスパフォーマンスがあり、オリジナルで振り付けし、さらにはAqours楽曲も行うとなるとそれはもう実質スクールアイドルな訳で。
照りつける日差しに弾ける汗を通じて、沼津という街のスクールアイドルの実在性をさらに補強されすっかり見入ってしましました。

コロナにより、漂白された世界でしばらく生きてきた身には刺激が強すぎるほどの生命力の生々しさと言いますか、自分は確かに生きているということを認識させられた夏でした。
感じることが多くて、なかなか沼津夏祭りの写真の現像ができませんでしたが、8月の終わりのまとめとして、取り止めのない文章と共に放出した次第です。

狩野川花火大会自体が、毎年のように台風に見舞われて延期や中止になることが多く、自分はコロナ前の2019年がようやく参加できた花火大会でした。
その時の不思議な縁が今も続いているので、やっぱりこの祭りには特別な縁を感じますね。

失われた夏を取り返した2022年。
来年も沼津ラガーを片手にタン塩串を頬張れることを願いましょう。

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