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ご丈夫そうな赤ちゃんの行く末

半世紀ほど前の冬。
ツンと鼻筋の通った華のある顔の母親から、まるまると大きな赤ちゃんが生まれました。

鼻はぺっちゃんこで横に広がっていて、寝かされた新生児用ベッドはパンパンです。華奢な母親も3.6kgの大きな赤ちゃんが産まれて驚いたことでしょう。

「おめでとうございます。
ご丈夫そうな赤ちゃんですね」

看護師さんが母親に伝えます。

ご丈夫そうな赤ちゃんは女の子でした。


私は子どもの頃、何度となくこの話を母から聴かされました。
聴かされたと言ってしまうのには理由があります。

子どもの頃、この話を聴くのが嫌でした。
聴きたくないのに、誰かに紹介されるたびに聴かされる話。

大人になり、自分も子どもを産んでから、母はやっぱりこう言われて嫌だったのかなと考えることがあります。確かめてはいません。

「ご丈夫そうな赤ちゃんですね」と言われたという母は、いつも苦笑いで話を終えていました。

「ご丈夫そうな」というのは褒め言葉です。看護師さんがこの大きな赤ちゃんをどこか褒めようと捻り出してくれたありがたい言葉。のはず。

問題があったとすれば、私が他に褒めるところを探さないといけないくらい大きさと顔にインパクトのある赤ちゃんだったことでしょう。



「丈夫」とは男の人を表す言葉で、1丈(2m)の立派な『ますらお』。丈夫と書いて『ますらお』と読みます。

丈夫(ますらお)な女の子。

言葉をよく知っている祖母は「ご丈夫そうな」をどう解釈していたのかわかりません。でも、このエピソードを面白そうに笑って話す祖母はカラッとしていて、子どもの私も一緒に楽しい気分で笑っていました。

わが子を「ご丈夫そうな赤ちゃん」と言われた華奢な母は、きっと恥ずかしかったのではないかと思います。

ベビーカーはいつもパンパンで、人に声をかけられるたび、この「ご丈夫」エピソードを言わないといけませんでした。

可愛らしい兄の次に、可愛らしい妹を期待するのは当然です。ベビーカーにのせるのが大変な赤ちゃんにてこずった話もよく聴きました。

せっかくの可愛い子ども服だって、むちむちの横縞がはいってしまっては、がっかりしたこともあったことでしょう。

感受性豊かな子どもが、母親のふとした表情のかげりを見逃すわけはありません。

母が笑い話のつもりで話してくれていたのか、本心は恥ずかしい気持ちだったのか。子どもながら知りたくはありませんでした。

子どもにとって、親から恥ずかしく思われることは悲しいものです。

私は「ご丈夫そうな」を笑い話として話す母の笑う顔が満開になったことがないことを、小さい頃から気づいていました。

子ども時代は、自分のせいで母に恥ずかしい思いをさせていると思っていたのです。


子どもは敏感です。

親が自分を可愛いと思ってくれないとか、認めてくれないとか、わかります。

人との関わりで気づいていくことですが、自分は褒めたつもりでも、相手にとってよく思われないことはあります。細心の注意をしていても、残念ながら相手の感情はどうしようもないのです。

誰も悪くないのにどこへ向けていいかわからない困った感情。

大人になって理解する親の視点、子の視点。他人の視点。

受け取る側が朗らかでいること、視点を変えてみることで、聴きたくなかったエピソードも楽しいエピソードに変えることができます。


さて、ご丈夫そうな赤ちゃんの行く末。ますらおな女の子。

つけ根はわし鼻なのに、そこから下に広がるコアラ鼻。華のような母親に似たのは歯並びだけ。ベビーカーは重みで破壊しました。

おかげさまで、体は丈夫。不思議と背は小さいですが、歯を見せた笑顔は大きく開いています。



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