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ぬいぐるみ物語 ③


皆様こんにちは。miriamです。
私がぬいぐるみたちのお話を書いていることを知ったうちのぬいぐるみたちが、「次はぜひ自分の話を!!」とわあわあきゃあきゃあ言っている中で、土偶のぬいぐるみがなんだか寂しそうにこちらを見ているのに気が付いた私は、今回は彼女の話を書こうと思い立ちました。
それでは皆様、お目汚しですが、どうぞご覧くださいませ――。

とあるマンションの1室で、四月一日(わたぬき)弥生さんはレシートがたくさん張られた家計ノートを前にして、アタマを抱えていました。
「あう~~~💦今月もお金、使い過ぎ~~~!赤字だぁ・・・どうしよう・・・」
持っていたペンを放り出して、ため息をつきます。
「だいたい、電気代がこう上がってくれちゃ、きついよぉ。ああ、もう今月はこれくらいのお金でしのがなきゃ・・・大丈夫かなあ。またインスタントラーメン地獄?くううううう~~~~」
「あかじ、ですか?あかじ、は、いけませんね。」
ふいにわきで聞こえた小さな声に振り向いた弥生さんの目に映ったのは、土の色をした、手足の太い土偶のぬいぐるみでした。

土偶の「とくちゃん」は、ほてほてと歩いてくると、弥生さんが広げている家計ノートをのぞき込みました。
「まあ・・・これは・・・お金がかかりすぎていますね。私は、知っているのです。『赤字』は、お金を使いすぎることでしょう?それは、いけないことです。お金は、大切に取っておかなくてはいけません。私は、見ましたよ。あなたはテーマパークでお高いタオルを2枚も買いましたね。タオルなんて、100均ショップでいくらでも売っているでしょう。それをお買いなさい。」
「100均のタオルって、すぐほつれてダメになるんだよー。水分吸わないし、フワフワしすぎ」
口をとがらせる弥生さんに、とくちゃんはなおも言いました。
「にしても、1枚にこれだけするのは高すぎです。近くのショッピングモールで時々タオルの詰め放題をやっていますから、そこでお買いなさい。・・・あなた一人しか食べないのに、オレンジを箱買いなんてするもんじゃありません。腐らせでもしたら、もったいないでしょう。少しづつ、できれば安売りしている時にお買いなさい。まだ棚の中にたくさんあるのに、テイッシュペーパーは買わなくていいんですよ。それから、あさってはいつものスーパーでお茶の安売りがあります。ぜひ行って・・・」
「あーーーっもう!!いい加減にしてよ、とくちゃん!!」
長々と小言を言い続ける土偶のぬいぐるみに向かって、弥生さんは叫びました。
「あなたまだここに来てからちょっとしかたってないのに、何でそんなに私にうるさく言うの?あなた、ここで一番の新入りなのよ!前からウチにいる子に言われるならともかく、一番私のことを知らないはずのあなたに言われる筋合いはないからね!!」
「そ・・・そんな・・・私・・・うるさく言うつもりなんて・・・そんなことするつもりは・・・ありま・・・ううっ・・・」
とくちゃんはたちまちしゅんとして、元居た部屋の片隅に戻っていきました。
「あーあ。とくちゃん、泣いちゃったよ。」
「弥生ちゃん、言いすぎだよ。もっと優しくしてあげてよ。」
「そーだ、そーだ!!」
そばにいたぬいぐるみたちから、次々にブーイングが起こりました。
「だって、私だって精いっぱいやってるのに。あれじゃ、学校の先生か至らないお嫁さんを叱るお姑さんみたい。ぬいぐるみにダメだしされたんじゃ、やってられないわよ」
家計ノートを丸めて自分の頭をポンポン叩きながら、口の中でブツブツつぶやく弥生さんに、静かで穏やかな声がかかりました。
「弥生ちゃん。とくちゃんがあんなこと言ったのは、あなたを守りたい一心からだったのよ。」
柔らかな笑みを浮かべて言うのは、弥生さんがもう50年もそばにおいて可愛がっている四月一日(わたぬき)家のぬいぐるみのリーダー、クッションの「クー」でした。
「実はね、とくちゃんには、こんなことがあったんですって」
クーは、静かに静かに、話し始めました。

とくちゃんは、東京という街で開かれた「国宝展」という展示会に出ていた土偶の姿をかたどった小さなぬいぐるみです。
外国で生まれて箱に入れられ、長い長い旅をして、とくちゃんは日本にやってきました。その時から、とくちゃんには夢があったのです。
『この国のどこかに、きっと私を好きになってくれてそばに置いてくれる人がいるんだわ。どんな人だろう。どこで出会えるんだろう。会えたら、きっと私もその人のことを大好きになって、その人のために精いっぱい尽くそう・・・」
とくちゃんは日本についてからも長いこと旅をして、とある物流倉庫の棚の中に納まりました。そこで、こんな声を聴いたのです。
「見て見て~~~!このコ、昨日、街で買ってきたの!」
商品のピッキング作業をしているパートタイマーの女性がエプロンの中から取り出したのは、なんとも可愛らしいウサギのぬいぐるみのついたキーチェーンでした。ピッキングというのは、スーパーでお買い物をするように、手に持っているリストに書いてあるものを、決まった数だけ棚から取り出してそれぞれのおうちに届けられる箱の中に入れていく仕事のことです。
「わあ!可愛い!いいなあ~~~。私もそんなの欲しい!!」
「私のも見てくれる?このコ~~~。」
別の女性がポケットから取り出した小銭入れには、これまた可愛らしいクマのぬいぐるみがついていました。
「あっ!可愛いね、それも!」
「あんまり可愛くて、どこ行くにも持ち歩いてるの!あとキツネやブタ、フクロウなんかもあったよ」
「どこで買ったの?あたしフクロウ欲しいかも~~~」
「○○の街のショッピングモール。通販もしてるよ」
女性たちの楽しそうな声が、とくちゃんの耳にいつまでも残りました。
「『可愛い』・・・かわいい・・・それ、ほめてる?あのウサギやクマ、いいって言ってるの?私もいつかこの真っ暗な箱の中から出て、ああやって大事にいろんなところへ連れて行ってもらえる?私は『可愛い』のかしら?」
とくちゃんは夜になると、倉庫の高いところにある小さな窓からわずかにさしてくる月の光を眺めながら、考えていました。
可愛らしい、自分も欲しい、大好き・・・。そういわれて温かな手のひらにのせられ、体を優しくなでてもらったり、抱っこしてもらっていろんなところに連れて行ってもらえたら、どんなにうれしいでしょう。それを考えると、とくちゃんの胸は楽しみでドキドキしてくるのでした。
「ああ、私も言われたい。『可愛い』って、思ってくれる人に早く会いたい。いつ、どんな人が、言ってくれるのかしら」
とくちゃんは、自分がほかの人からどう思われているのか、知りたくなりました。

だから・・・次の朝、商品のピッキングをしている人が、自分の上の棚にあったものに手を伸ばした時、その人の服の袖に引っかかったふりをして棚の下へ落ちてみました。

ポトッ・・・。
「・・・ん?何か落とした?」
ピッキング係の人は、とくちゃんを拾い上げてまじまじと見つめました。
とくちゃんは、ニッコリと笑いました。心の中で、その人に尋ねました。
(どうかしら。私、可愛い?可愛いって、言って)
ドキドキドキドキ・・・。とくちゃんの胸は、期待でいっぱいです。
ところが・・・その人の反応は、意外なものでした。
「・・・ぷっ!あはははは!!」
とくちゃんを拾ったその人は、手の中のとくちゃんを見ると、吹き出し、大笑いし始めたのです。
「なになに、どうしたの?」
大きな笑い声を聞いた人たちが集まってきました。
「見てよ!こんなぬいぐるみまであるのね!」
とくちゃんを目の高さまでかかげてブラブラさせながら、拾った女性は笑い続けました。
「あら!埴輪?」
「ううん、これ、土偶よ。なんか、おかしい!きっとこれからある国宝展のグッズだと思うわ。カワイイ・・・けど、う~ん・・・私は、いらないなあ」
「私も…同じお金出すなら、もっと可愛いぬいぐるみにするわ」
「買う人いるのかしらねぇ、こんなの」
「いるんじゃない?考古学マニアの人とか」
そこへ一人の男性がやってきて、集まっている女性たちに声をかけました。
「おーーーい、お姉さま方!笑ってないで仕事してよ、仕事!!」
「あ・・・マネージャー・・・」
「すいませーん!すぐやりまーす!!」
ポイッ。とくちゃんを箱の中に投げ入れると、女性たちは去っていきました。
とくちゃんは青くなって、震えていました。ショックで、悲しみで胸が張り裂けそうでした。
「どうして・・・?どうしてあんなに笑うの?どうしてあんな・・・あんなこと言うの・・・?私、『可愛く』ないの・・・?」
とくちゃんはどうしてもどうしても、自分の姿が見たくなりました。自分はどんな姿をしているのか、知りたくてたまりません。なぜ、見た途端に吹き出されたのか、なぜ「いらない」と言われたのか。自分は自分を好いてくれる人のもとに行ったら、その人の幸せのために尽くそう、そうずっと思っていたのに。
夜中になりました。とくちゃんは同じ箱の中に入っている仲間の姿をじっと目をこらして見つめました。自分と同じ姿をしているからです。
でも、いくら目をこらしても、見えませんでした。暗くてよく見えないのです。
仕方がありません。とくちゃんはそっと箱をよじ登って外へ出ました。
夜勤で働いている人の目を盗んで『国宝・図録』と書いてある棚をやっとのことで見つけ出し、眠っていた図録を揺り起こしました。図録というのは、その展覧会で展示されたり紹介されたものを解説・説明してある本のことです。
「・・・ん・・・?何だい、君は?あれ・・・土偶ちゃんじゃないか。何でこんなところにいるの?」
「図録さん、お願い。あなたの中に、私の写真が載っているでしょ?見せてちょうだい」
「自分の姿なんか見て、どうするんだい?それに僕、もう眠いんだよ。トイレに行って鏡を見てきたら一番早いんじゃないかな。そうしなよ」
「ドアが閉まっていたら、入れないんだもの。入れたとしても、今は夜だから電気をつけなきゃ見られないわ。私には電気をつける力まではないから・・・ね!お願い!」
「・・・やれやれ。・・・仕方ないなあ・・・」
図録は大きなあくびを一つして、うーん!と伸びをすると、自分のページをめくり、土偶の写真を指さして言いました。
「ほら。これが君だよ」
「ええっ!!こ・・・これが・・・私・・・?」
とくちゃんは、「本当の自分の姿」を見て、フラフラと崩れ落ちました。あの可愛らしいウサギやクマのぬいぐるみとは似ても似つかない姿が、そこにあったからです。
ピンクや黄色といった可愛らしい色とは大違いの、地味な土色の体。ずんぐりむっくりの姿。腕と足は異様に大きくふくれ上がり、胴体には妙な模様まで描かれています。
パートタイマーの女性たちが持っていた可愛らしいものとの大きな違いに大きなショックを受けたとくちゃんは、足を引きずりながら自分の箱に戻ると、泣き出しました。涙があとからあとからあふれ出して止まらなくなり、しまいには大声を上げて泣きじゃくりました。
(あれが、私?あんな姿を、私はしてるの?ウサギやクマみたいじゃ、ない!!『可愛い』じゃ、ない!『欲しい』と思ってくれる人、きっと、いない!)
とくちゃんは泣いて、泣いて、泣きました。目が溶けるんじゃないかと思うほど、泣きました。倉庫についている高い小さな窓からか細く差し込んでいた月の光が、ほの明るい太陽の光に変わるまで、ずっと泣き続けました。
土偶の目が大きくはれ上がって見えるのは、実はこの時に泣きはらしたからだ、という話もあります・・・。

でも、「捨てる神あれば拾う神あり」とは、よく言ったものです。
ゴトン!!大きな揺れに、泣き疲れて眠っていたとくちゃんは目を覚ましました。そこは、いつもいるところと同じ、真っ暗な箱の中でした。
ただ、違うところがいくつかありました。倉庫の棚の中にいるときにはめったに揺れたりしなかったのですが、この箱はやたらとよく揺れるのです。
そしてもう一つ不思議だったことは、体が動かないことでした。体の表面全体にビニールの膜がかかっていて、どうしても体を動かすことができないのです。焦ったとくちゃんが、どうにかしてこの丈夫な膜から逃れようと必死になって体を動かしているとき、すぐ後ろから声がかかりました。
「あら。起きた?おはよう、土偶のぬいぐるみさん」
声をかけてきたのは1枚のCDでした。とくちゃんと同じ膜で覆われていて動けませんでしたが、その声はやたら明るく、弾んで聞こえました。
このCDさんはどうしてこんなに浮かれているんだろう。何より、このCDさんはどこから来たんだろう。とくちゃんがいたところには、CDは置いてなかったはずです。不思議に思ったとくちゃんは、勇気を出して聞いてみることにしました。
「あの・・・あなたは・・・だあれ?私はあなたを知らなくて・・・」
CDは明るい声で答えました。
「うん。私のいたところにも、国宝展に展示されてた土偶や埴輪のぬいぐるみはいなかったわね。私は3階、あなたは4階にいたらしいから」
CDはとくちゃんの耳元に口を寄せると、言いました。
「私たちは、私たちを欲しい、必要だって言ってくれてる人のところまで旅をしているのよ。私とあなたを欲しい、って言ってくれてる人がいるのよ!!」
「欲しいって・・・だって私はこんなに可愛くなくて・・・もしかしたら捨てられるのかもしれない、って思って・・・」
消え入りそうな小さな声で言うとくちゃんに、CDはあっはっはと陽気に笑うと身体をうんとこしょと動かして、一緒に入っていた「納品書」と書かれている書類を見せました。
「暗いからわかるかなぁ?この紙にはね、私たちのことを欲しいっていう人の名前が書かれているの。私は自分が持ってるステキな音楽・・・『ハードロック』っていうらしいんだけどね、思いっきり大きな音で、この人に聞かせてあげるつもりにしてるの。きっと私に夢中にさせてみせるんだから!あなたは?この人に会ったら、なにをしてあげるの?」
「私は・・・自分の姿を知ってしまうまでは、自分を大好きだって言ってくれる人のそばでずっと仲良くしてもらって・・・いろんなところに一緒に連れて行ってもらえたらなーって・・・思ってた。でも、もう自分の本当の姿を知ってしまった今は・・・ペットのおもちゃ代わりにしてもらってもいいと思ってる。人間が私のことを可愛いなんて、思うはずはないんだわ。もう、いいの。私はこの先ペットのおもちゃに使われるか自分自身の牙やつめの鋭さを自慢している生き物にいずれは引き裂かれて一生を終えるのでしょう・・・。」
「あらあ。アンタ本気?本気でそんな事考えてんのー?」
今にも消え入りそうな声で、自分のこれからの運命を予想してみせたとくちゃんにCDは言いました。―とんでもないわ!!CDの笑い声がカラカラと響きます。
「いい?こんなにたくさんのお金を払うことになっても、私たちに自分ちに来てほしい、って言ってるのよ、この人は。私はこの体中に刻んであるステキなミュージックのとりこにご主人をしてしまうつもりだし、あなただって、「欲しい」と思われてんだからもっと自信持ちなさいな!大丈夫よー、きっとうまくやっていけるからさ」
とくちゃんの頭に、自分をバカにしたように響いたパートの女性たちの言葉がこだましてきました。笑い声もします。「こんなのいらない」とうそぶいた女性の言葉が何度も頭の中を駆け巡り、とくちゃんの心はそのたびにひどく痛むのでした。
がったん!!ひときわ大きく揺れて止まったとき、とくちゃんはどうすればいいのかわからず、ただ、ビニールの膜の中で立ちすくむしかありませんでした。

「キャー!いよいよご対面なのかしら。ねえねえ、どんな人だと思う?わたしを選んだからには相当のロック好きなんでしょうねー☆よお~~~し、思いっきり聞かせちゃう!踊るわよー、CDデッキの中で。アンタは?」
「わたしは・・・」
とくちゃんはどうすればいいのかわかりませんでした。

そこで、とくちゃんは祈りました。倉庫にいたときからずっとずっと繰り返してきた、祈りのことばでした。
神様、どうかこれから私にご主人になってくれる人が、私のことを本当に好きになってくれますように。
ふいに、体がふわりと持ち上げられたような気がして・・・人が階段を上るトントントンという音が、聞こえてきました・・・。

「四月一日(わたぬき)さーん!!ムサシ運輸です!お荷物ですよー!!」
「はーい!!」
ありがとうございました!という威勢のいいお兄さんの声とともにドアが閉められ、そして・・・箱が開けられたのか、ぱあっとあたりが明るくなって、とくちゃんはこんな声を聴きました。
「きゃあ~~~!可愛い!こんにちは、土偶のぬいぐるみさん!!」
とくちゃんを手のひらに載せてニッコリ笑いかけてくれたのが、弥生さんだったのです。

とくちゃんは、なぜこれほど自分が歓迎されているのか、わかりませんでした。
女性たちに笑われた、図録が見せてくれたあの姿を、今、見ず知らずの人に見られていると思うだけで恥ずかしくてなりません。悲しさで、涙がじわっと浮かんできました。
なのに、この人はこう言ったのです。
「うわ~~~、かわいいなぁ。なんてリアルなぬいぐるみかしら!買ってよかった!!」
(え・・・?『買ってよかった』・・・?)
とくちゃんは、大きくなった目をぱちくりさせました。そして、恐る恐る、聞いてみました。
「あの・・・私が来て、よかった・・・ですか?」
「うん!よかったと思うよ」
「でも、私は、こんなの、ですよ?こんな格好、なんですよ?」
「こんなの、って?」
「私は・・・私は!」
とくちゃんの目から、涙があふれだしました。
「クマやウサギのぬいぐるみみたいに、可愛くありません!・・・ぐすっ。フワフワもしていないし、キレイな色もしてない・・・ひっく。・・・体には変な模様があるし、腕も足も太いし!」
だんだん、叫ぶような感じになりました。
「私なんか・・・私なんか・・・!」
「あのね、土偶ちゃん。」
弥生さんは、すすり泣くとくちゃんを手のひらで包み込んで、言いました。
「あなたがもしピンクやブルーの体をしていて、ふわふわのもふもふで、こんな格好してなかったら、私はあなたをここへ呼んでないよ」
「え・・・っ?」
「太い腕と足。土色の体。体の模様。大いに結構!!それがなければ土偶じゃないわ。私は・・・うまく言えないけれど、このままのあなたが好きになって、来てもらったのよ」
「・・・じゃあ・・・好き?私のこと、好き?可愛い?」
「うん。大好き。とっても、可愛い!」
「うわぁ~~~~~ん!!」
とくちゃんは、泣きました。今度は、うれし涙でした。弥生さんの手のひらのぬくもりが、固く閉ざされたとくちゃんの心にしみわたって、大きな傷を癒していくようでした。とくちゃんは、もう一度、心に決めました。
(私の姿を見て初めて大好きだと言ってくれたこの人のために、一所懸命に尽くそう。この人を守って生きよう。この人が望んでくれる限り、ずっとずっと、そばにいよう・・・)

語り終えたクーは、大きなため息をつきました。そして、ニッコリと笑いました。
「そう・・・そんなことがあったんだ、とくちゃんには。確かに、私はとくちゃんにそう言ったけど、ここに来るまでにそんなことがあったなんて・・・。」
弥生さんはうなずきながらしんみりと言い、とくちゃんを抱きしめました。
「さっきはごめんね、とくちゃん!!あんなこと言って・・・私のためを思って、言ってくれたんだね!」
「弥生さん・・・いいんです。私も、言いすぎました。ごめんなさい。でも・・・」
「ん?なあに?」
ニッコリする弥生さんに、とくちゃんは言いました。右手に持っている新聞のチラシをパタパタ振っています。近くのショッピングモールの中にある文具店のチラシでした。
「これから、ペンはこのお店で買ってください!」
「・・・へっ・・・?」
弥生さんはペンとノートをよく使うでしょう?今までで一番安く品物が買えるのは100円均一のショップだと思ってたんですが、このお店ではなんと、ペンを1本88円で売ってるんです!100均だと、110円するでしょ?せめてよく使うものは安いところで買ってください!!」
「・・・・・・。」
目を点にしてボーゼンとしている弥生さんに、クーが頭をかきながら言いました。
「ごめんね~、弥生ちゃん。私、ちょっと、おしゃべりが過ぎたみたい」
なんでも、とくちゃんは倉庫の箱の中にいるとき、いつもパートタイマーの女性たちの会話を聞いていて、いろんなものの値段が上がっていることを知っていたそうです。そこへ、クーから「弥生さんは昔から計画的にお金を使うのがヘタで、いつもお小遣い不足に悩んでいた」という話を聞いたもんですから、弥生さんを命をかけて守る決意をしたとくちゃんは、「この人にはできるだけお金を使わせないようにしないといけない、でないとこの人は貧乏になり、下手をすれば路頭に迷うことになってしまう・・・イコール、不幸になってしまう!!と考えて、自主的に「お金の使い方アドバイザー」をかって出ることに決めた、んだそうで・・・。
なんと弥生さんは、来たばかりの土偶のぬいぐるみに、財布のひもを握られてしまったのでした。

                    ―おしまい―

☆作者注・・・え~~~・・・考古学に興味のあるお方。とくちゃんが泣くシーンを読んで、「土偶の目が大きく見えるのは泣きはらしたからじゃない!!」というツッコミは・・・申し訳ありませんがナシにしてください。このお話だけのフイクションです。作者、そのあたりはよくわかっていますので・・・(^^ゞ💦すみません💦

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