「烏の巣」外伝4 zusammen:一緒に
zusammen:一緒に
やってしまった。
衝動なんて一番信じられないものだ。
きっと幻覚だと信じるのも
疲れてきたのかもしれない。
「アタ、大丈夫?」
マキがまた聞いてきた。
考えすぎてることが伝わったかな?
「うん‥。」
でもさっき起きたことなんて気にしてる暇は実はなかった。
今や僕の声は治るどころか、かすれてきて
汗がポタポタ額からたれている。
「さっきより具合が悪くなってきてるよ、アタ。」
マキは心配そうに僕の肩を軽く叩いて僕の反応を伺っている。
「アタ?聞こえてる?」
「う………n」
「何?アタ、しっかりして!」
深海の床を見つめる僕の瞳は
今頃ぐらんぐらんに揺れているだろう。
喋れない。
立っているのがやっとだ。
地獄の釜の力を侮ってはいけないようだ。
僕の足は体重を支えきれなくなり、全体重をマキの
細い腕にたくした。
[ドサッ!]
「アタっ!!!!!」
でも地獄の釜同様、マキの細い腕も侮ってはいけないようだった。
【マキ】
私はサッとアタを抱えあげると少し走り、人2人が
寝れそうな場所まで運んだ。
そして、彼を横たわらせ自分はすぐ隣であぐらをかき
手をくんで彼の胸のど真ん中のちょうど真上に
自分のくんだ手を配置した。
「アタ、アタ。聞こえてる?聞こえてたら何かで教えて。」
すると、アタはうっすら目を開けて私をほんの数秒だけ見つめた。
こんな時に思うのも何かあれだけど、
照れる。
「アタ、君は地獄の釜に入った。その力は強大で、刻印のように
骨に刻まれている。それを今からとるから、その…」
私が言いよどむとアタの口がわずかに開き
「な、、に」と声は出なかったがその灰色に近い唇だけが動いた。
「痛いの。」
思い切って言ってみた。
前に誰かがしていたのを見たときの事を思い出し背筋がゾクゾクする。
あの悲鳴。
喘ぎ声。
一生聞きたくないと思っていたけどそれでアタが助かるなら
私はやらなければいけない。
アタは私の恐怖を感じ取ったのか手を動かすと
震える人差し指と中指を交差させた。
そうだ、やらなければ。
「任せて、必ず成功させる。」
くんだ手同士を強く握るとアタの心臓めがけて振り下ろした。
[ドンッッ]
「ぐはっっっっっ!」
アタの吐息が響き渡る。
「ゼェ、ゼェ…ウッ!ハア…ハア…ハア」
(もう少し…あと少し‥)
「フーッ。」
私は最後の作業としてアタの胸に息を吹きかけた。
終わった。
成功だ。
[ガバッ]
アタは早速起き上がった。
大丈夫、ピンピンしてる。
「良かった、上手くいったよ。」
「うん。そうみたいだ。」
一通り体の動きを確認すると彼は首をかしげた。
「ねえ、気になったんだけど聞いていい?」
「うん。何?」
「最後の息。あれ、何?」
うっ。
(なんでそんなこと聞くの!?)
「そういうものなの。決まった順番に決まったことをするの。」
「ふーん。」
彼はドサッと座り込むと細い指でサラサラの髪をかきあげる。
「マキ。」
「何?」
今度は変な質問じゃありませんように。
「手、かして。」
「はい?」
「心配しないで。」
アタはそう言うと私の手に自分の手を重ねた。
そして、ぱっと離す。
「何か思うことはありますか?」
ん?
どうしたんだろう。
「ううん、ない。」
「そう。」
何か考え込んだと思ったら、
アタは急にそっぽを向いた。
様子がおかしい。
「言ってご覧。」
アタはきっと何か見てきたんだ。
私の中で小さな確信が生まれた。
「僕は…」
でも、彼はここまで言って私に背を向けた。
肩が震えている。
よく見れば全身が震えていた。
泣いて。
「アタ…」
「あっちにいって。ごめんなさい…
ごめんなさい。」
「ダメ。一人になっちゃダメ。」
そう言って私はアタの背中に手をあてた。
「大丈夫。きっと上手くいく。」
「……。」
「信じて、アタ。君には意味があってここまでやってきたんだって。」
「マキ…。」
アタは私のほうに向き直った。
顔が真っ赤だ。
息も荒い。
そして、彼に似合わないほど弱々しげに
彼特有の薄紫色の瞳が揺れていた。
何を捉えたらいいのかわらかないのだろう。
「ここを見てご覧。」
私はアタに人差し指を見せた。
「蝶はここめがけでやってくるんだって。」
アタもその一点を見つめている。
何かを見出そうとするように。
ずっと。
ずっと。
しばらくすると瞳に元の強い光が戻り始めた。
獲物を捉えた獣。
でも、獣の瞳だって美しい瞳だ。
「ありがとう、マキ。」
そう言って彼は私を抱きしめた。
「マキ?顔が真っ赤。」
そう言ってアタはケラケラ笑った。
「う、うるさい!君に遊ばれてる気分で面白くないの!」
「それでどうする?クリアンをなんとかしないとだけど。」
【僕に戻って】
僕はマキと今後の計画をたてた。
終始大真面目に。
クリアンは僕を地獄に送って万々歳だろう。
とにかく、血の貿易は許せない。
それはマキも同じみたいだった。
「潜入ルートは確保できてる。問題はその先。
彼はわかったと思うけど話を聞くような奴じゃない。交渉できないの。」
「うん。もうわかったよ。」
「楽園にいる人達にわからせないと。クリアンの事。
そのための私だから。」
うん?どういうことだろう。
”そのための私”って。
「何?」
「ううん。」
マキは黄色い蝶。
見たものを再現してみたけど思い出さなかったみたいだ。
手で蝶を包みパッと離す。
これで人間に戻っていったあの風景を。
「とにかく進もう。こっち。」
そうして僕らは歩を進めた。
海は鮮やかで美しい。
息ができると全てが浄化される気分になる。
しばらく歩いていると太鼓の音がかすかに聞こえた。
「マキ、静かに。」
「よく気づいたね。近づいてきた。」
地面の砂が重くなってきた。
ドス黒い何かが石に飛び散っている。
そんな砂や石が多くなってきた。
そして海の出口。
バーン!!!!!!!!
パッパカパーン!
お祭り騒ぎ。
ずーっと下の方に僕らはいるけど
大歓声も大音量のマーチも耳元で言われているように
鮮明に感じる。
「お集まりの皆さん!お待たせいたしました!
勇者クリアンの特別ショーです!!!!!」
僕とマキは顔を合わせた。
ショーってどういうことなんだろう。
彼はあれでも軍人なのに。
「クリアン!クリアン!」
そしてあの狂った奴が姿を見せた。
パパパーン!ズッタッタズッタ!!
パッパーッン!
「へーイイ!!」
ショーが始まった。
踊り子や演奏者をバックにクリアンが歌う。
「この美し〜い泉で!
泳ごう!真っ赤になって〜。
間違うことはない!ヘイ!!
心が美しい、君たちと共に〜っ。
歩き出そう、真っ赤に染まれ!
君たちと共に〜。」
ジャジャン!
終わった瞬間、拍手喝采だ。
反吐が出る。
「どこが素晴らしいショーなのよ。」
マキは怒りで顔が赤くなっていっていた。
「落ち着こう。感情的になったら負けだ。」
でも、
「ううん、感情は大切にして。」
マキはずっと歓声のあがる一点を見つめながら
僕の言ったことに静かに反論した。
「分かった。」
僕らは群衆の合間をぬって進んでいった。
ふたりとも顔を隠すようにスカーフを頭に巻いて
迷子の子供のように。
マキの手を僕がひきながら、あの血にまみれた馬車が
よく見えて、僕らの姿が目立たないところまで
足早に移動する。
「あれだ。」
馬車だ。忌まわしくもユニコーンが馬車を引いている。
「なんてことを…。」
人々が笑い声をあげる中、僕らは絶句した。
「いい、アタ。あの策通りに動くの。そしたら上手くいく。
信じて。」
「うん。
でも、またあの屋敷に戻ってご飯作るって約束して。
それにマキを連れていきたい場所があるんだ。」
「美味しかったんだ〜。」
「約束するの?しないの?」
「ごめん、アタ。もう行って。」
「マっ…。
分かった。上手くやろうね。」
消化するしかない。
時間がないから。
「うん。ありがとう。」
僕らは繋いでいた手を離すと頭でっかちをボコボコにするために
それぞれ反対方向に歩きだした。
マキがいなくなったことを確認してから
僕は路地裏に入った。
どうしたんだ。
自分が凄く落ち込んでいることがわかる。
こんな事今までになかった。
「若いの。」
「来たよ。」
僕にこの楽園を教えてくれたおばあさんだ。
「こっちだよ。」
彼女にも手伝ってもらう。
あと、あの人にも。
「お前さんはきっとやり遂げるさ。」
「うん。じゃないと困る。」
着いた先はゴミ捨て場。
いわば”宝箱”っていう場所。
ボッチの僕が昔よく行った場所。
「gはdkぁyがへjgv」
よく聞き取れない声でよく聞き取れない呪文を
おばあさんは唱えた。
すると、ゴミ捨て場だった周りの風景が一瞬で
白く美しい雲になった。
そして、雷が轟く雲に。
彼は元気かふと、気になった。
「ほぅ、お前さんの最後の景色はこれか。
いや、美しいの〜。」
「…。」
「いやいや、すまんね。思い出したくないものを
思い出させてしまったかの?」
「いえ、そんなことはありません。ちょっと懐かしくなって。
…その、悲しいんです。」
「そうか。懐かしいか。」
おばあさんは何か考え込んだ素振りを見せると
また、歩きだした。
こだまが聞こえる。
彼の咆哮。
赤い目。
悲しい花火。
1人の花火大会。
『泣くな。』
父上の声。
『もっと強くおなりなさい。』
母上の声。
『泥を塗るおつもりですか!』
ケントの声。
『嘘だけが果実』
彼がたて、僕が壊した誓いの言葉。
『あいつは”ドラゴン”にはなれない』
僕の記憶が次々に流れ込んでくる。
『僕も消えたくない…。』
僕が聞いた彼の最後の答え。
本当の気持ち。
僕が変えてしまった人生をそのまま進むと言ってのけた
彼の言葉。
「お前は恵まれていたのだな。」
おばあさんが僕の方を見ながら言った。
「はい。…はい。」
ポタッ、ポタッと雲に僕の涙が
こぼれ落ちる。
失って気づくものほど切ないものはない。
手で涙を拭って歩きだすけど、
溢れ出して止まらない。
大粒の涙が頬を伝い、顎からこぼれ落ちて止まらない。
これが僕が愛した全てだ。
全てだったんだ。
「残念ながら、クリアンは君とは違う。
彼は情を捨てた。怪物になったんだよ。」
おばあさんは彼を知っているのだろう。
少し言葉に悲しさがしみている。
「君なら、目を覚ませるだろうよ。
うん、そんな気がしてきた。」
おばあさんの目には爛漫とした輝きが宿っていた。
「やっとだ!長かったわい。」
ほっといたら鼻歌でも歌い出す勢いだ。
「僕も、そんな気がしてきました。」
さあ、ボコボコにしてやる。
愛した全てに報いるために。
外伝 kindliche Frömmigkeit:親孝行
に続く