![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/159650037/rectangle_large_type_2_18745c8735319acab6f81c3b4d5caab1.png?width=1200)
『牡丹〜二輪の美しき花の宿命〜』
揺れる水面上。
一艘の船が歩みを進めている。
手を水に浸しながら少年は川を渡る。
水を汲み、コクリと喉を鳴らし
目にかかった前髪が
そよそよと風に揺れるのも気にせず船の淵から離れると
薄い白のシャツは帆のようにはためき
少年は寒さを紛らわすように足を胸に寄せ
手を擦り始めた。
さて、上手くいったのだろうか。
船は深い森に入っていく。
追手はまいたはずだ。
船に散乱した地図やカバンといった物の中から
黒いマントを引っ張り出すと羽織った。
これで少しはマシになるだろう。
風は徐々に強まり、次第に白い点が混じり始めた。
雪だ。
船の淵に次次に白い斑点ができる。
少年は雪と同じくらい白い息を吐くと
船と共に川に流されていった。
ー3年前
輝くばかりに気高い女性から生まれた王子がいた。
国王陛下と王妃様の間に生まれた美しい王子。
髪は白く雪のようで、肌はまるで陶器のように
透き通っていた。
片目は母親譲りの青色。
片目は父親譲りの薄い茶色のオッドアイ。
民の誰もがその存在を敬った。
そして、彼は王家には珍しく兄弟がいなかったため
誰よりも愛され、誰よりも大切にされた。
次の国王は彼だと誰もが思っていた。
しかし、その思いはあっけなく崩れる。
国王にもう1人の息子がいることが分かったのだ。
それを知った王妃は激怒しその子供と母親の存在について
国王を激しく問い詰めた。
だが、国王は王妃への説明も不十分なまま
突拍子もないことを決定した。
その子供を母親と共に城に迎え入れるというのだ。
王妃はもちろん反対し、民も快くは思わなかった。
しかし、国王の決定である。
その二日後にはもう1人の王子と妃が民にお披露目された。
そこで民は
歓喜した。
新たに迎え入れられた王子は真っ赤な髪を持ち
誰もを虜にすることのできる微笑みを持っていた。
目は父親譲りでも母親譲りでもない黒。
それも極めて澄んでいて、見つめたものを離さないような目をしていた。
赤髪が真っ白な装束によく映え、民の心を一瞬のうちに
自分に惹きつける。
そんな魅力を持った王子だった。
第一王子とは年も近く、次期国王候補にも名乗りをあげる、
民も家臣もがそう思い、新たな王子を歓迎した。
そして、その母親である妃は桜色の髪を持つ温厚な人物で
自分の立場をわきまえているようであったからなおさら
民の好感度も高かった。
こうして王子が2人誕生し
第一王子の後継確実はあっけなく崩れたのだ。
王妃も第一王子も思った以上の歓迎ムードに
城内でも居場所を無くしたかのようになり
第一王子は周りの空気を読んで行動し、
母を労るようになった。
それでも王妃は堂々と王の隣に立ち、あくまでも立場を明確にした。
その気高い姿から、妃よりも王妃の側につく人物も少なくなかった。
それからどちらを皇太子に立てるのか重臣たちもよくわからぬまま
1年が過ぎた。
何事もなく第一王子が王位を継承されるだろうというのが
おおよその見方だったが。
しかしそんな思惑は無視され、城内の立場は一夜にして一転する。
なんと、国王は王妃の子であり第一子である王子ではなく
妃の子で国王にとっては第二子である王子を
皇太子に立てることを決定したのだ。
城に来てまだ1年の王子を皇太子にし、しかも継承順位も守らない決定に
多くの重臣が民への発表を前に抗議した。
王妃は連日国王の元に赴き説得を試みたがついに叶わなかった。
民に第二王子、ファラメが皇太子となることが告げられた。
そしてまた
民は彼を受け入れた。
この時、ファラメ王子はすでに14歳だった。
ファラメ王子の年齢での指名は
正式にもう、王位継承の変更はないことを物語っていた。
だが、民の反応とは真逆の雰囲気が城内に漂っていた。
その一つの要因としてあったのは、王妃がなおも取り乱さなかったことだ。
あくまで冷静に王の説得を試みていた姿に
長年勤めていた家臣であればあるほど
心を動かされていた。
また、ファラメ王子の母親である妃、クリスティーネが
温厚で優しくはあるが意外と子供っぽく能天気な性格であると
分かってきたこともその要因となっていた。
この国を任せられるのか不安が高まっていたのだ。
王妃と第一王子の立場はますます危ういものになっていた。
重臣こそ味方してくれるものの、
肝心の国王の心は皇太子ファラメと妃クリスティーネに徐々に
傾いているのは明らかだった。
それでも王妃が精神を保っていられるのは
息子である第一王子、ルシウスがいたからだった。
彼は母親を見習い気高く、気品を持って日々を過ごしていた。
その姿こそが母親を暗い夜から正気に戻していた。
だが、王妃は立て続けに苦しい環境に身を置くことになる。
それから2年後のことであった。
国王の急逝。
突然の心臓発作だった。
誰もが国王はこのことを予見して早急に皇太子を立てたのではないか、
そう考え家臣の多くがファラメ皇太子を支持していった。
国王が自らの死の後を真剣に考えファラメ王子を指名したのなら
それに従うべきだ。
城内もその考えで次第にまとまっていった。
程なくして国葬が執り行われた。
民に愛された国王の死は国にとって悲痛なものとなった。
国葬の会場に入る馬車の先頭は皇太子ファラメ、
そして皇太子の母となった
妃クリスティーネだ。
そして2番目の馬列にようやく第一王子ルシウス、
その母である王妃エリザベートの姿があった。
皇太子ファラメは16歳。
念の為宰相が立てられ
王妃や重臣にとっては予想外の
クリスティーネの父、アンモネット卿がつとめることになった。
今、国王の棺の前で真っ赤な髪の美しい少年が膝をついている。
彼こそが次期国王ファラメだ。
初めて民が彼を見た時とは異なり真っ黒な装束だがそれでも
彼の母親譲りの温厚さが際立っている。
そしてその後ろに控える美しい少年がその兄、ルシウス王子だ。
弟とは対照的な真っ白の髪に隠れたオッドアイが不安げに
父王の亡骸を見つめている。
それは自分たちを親子をどうしたかったのか。
それを確かめようとしている様であった。