ビールの苦い記憶

社会人になりたての頃「とりあえずビール」の時代だった。

新入社員で乾杯したのも暑気払いも誰かの歓送迎会も必ずビールからだった。飲める飲めないに関わらず「とりあえず」注がれていた。

最初は全く飲めなかった。

初めてビールを口にしたのは成人の祝いを親にして貰った時。

とても苦くて

おとなはどうしてこんなものを飲むのだろう

と当たり前の感想を持った。

学生時代テニスサークルの活動をしていた友達に夏合宿のメンバーが足りないから来てほしいと言われて泊りの合宿の参加してみたがベロベロに酔っぱらっている男の子たちを横目にトランプに興じていた。

そんなだったからその後卒業までアルコールを自分からすすんで飲むことはなかった。

「とりあえずビール」の時代は結構長くて、当時は何かにつけて宴会も多かった。

営業時間外だからなんて断る人もいなかったし、お酒の席でおじさんたちは若い私たちがギョッとすることを言ったりしていた。

それでも宴会の席のそれは人柄を表していたから

「あの人じゃねぇ…」

と大目に見ていられたし笑って過ごしていた。

若い時代は 色んなところに引っ張て行かれて「とりあえずビール」を飲まされていたから、いつの間にかビールがただ苦いモノではなくて、のど越しがいい「仕事のあとの一杯目」の理由が分かるようになっていた。

その頃にはおじさんたちの冗談に笑って言い返せるだけになっていたっけ。

もともと父が飲める人で血を受け継いだ私はビールで終わらず色んなお酒で乾杯を繰り返し、当時流行っていた日本酒を教えてくれる人も現れた。銘柄目当てに置いている店を訪れ上司の愚痴を肴に飲んだ。

入社して5、6年した私はある程度仕事にも周囲にも慣れ後輩も出来てもうひとつ変化を望んでいたのではなかったか。

その人はおとなであった。私の愚痴に付き合ってくれアドバイスもくれた。だけど本人もまたお酒が好きすぎてだんだんと酔いがまわってくるともともと聞き取りにくい低い声なのに何を言っているのか分からなくなる。

今その光景を思い出すと笑ってしまうが当時は理解などしていなかったが、その人をみながらうんうん頷いていた。

私たちはお酒も好きであったが一緒に飲んでいるのが好きだったのだ。

くだらなくて、たまに下品なこともいっていたけれどそれでもその人柄を好きでいた。

私の結婚が決まった時いつにも増してピッチが早く酔いがまわっていたその人を思い出す。もう飲み歩くこともなくなるのだろうと思っただけでなく、自由でいる私が何かに属してしまうようで私たちの間に見えない溝が出来たような気持ちになった。

それから暫くしてその人は遠い部署に異動してしまい廊下であってもそれほど会話もしなくなっていた。いつしか私も子供が出来て育児休業を取り部署も変わった。私たちはますます接点がなくなり社内でも顔を合わすことは無くなっていた。

それでも当時の記憶は深くその人の定年よりかなり早い退職を人づてに聞いたとき、有志での送別会に参加させてもらった。

その人が会社の中でどれだけ沢山の人に慕われていたのか初めて知った。

ひとりひとりと挨拶を交わしながら私のもとに来てくれたときはもうかなり酔っていた。昔を懐かしみ礼を述べる私に頷いていたがまわりに聞こえない様にボソッと

「相変わらずきれいだね」

と。酔いにまかせて何をいっているんだろう。瞳をまじまじと見ながら

「そんなこと言う人でしたっけ?私のことは妹みたいに思っていたんだと思ってましたけど」

そんなことを言ったところへ他の人が入り込んで私たちの話は終わってしまった。

あの頃から十年以上たっているのに何を言っているんだろう。

そんな風に思いながら、後輩たちに囲まれているその人を遠くから見ていた。

もしも私が男性だったらもっと違っていたの?こたえは出ない。

いつかまた再会して乾杯できる日があることを夢見て目の前にあるコップを煽った。

ビールは少し生ぬるく苦く感じた。







#また乾杯しよう

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