よわよわで生きてやる
先日お茶会に参加した。4畳半の方のお茶会だ。講師の方の手元資料に「極秘」と書かれていたので内容はここでべらべらと綴ってはいけない気がする。できる範囲で綴って範囲外になったらお叱りを受けよう。(だめです)
素敵な色味のラグが敷かれた4畳半の一室が、茶室に見立てられていた。灯りを消した部屋で、無印良品のディフューザーが、香りと共にともっている。花も生けてある。クリスマスの今時期に似合う花だ。そうか、床の間か、と講師の方の説明を受け納得した。
お茶会に参加するのは人生で2度目だ。緊張で作法が頭から飛んでしまったが、今回はカジュアルお茶会だからと、暖かい雰囲気で許してもらえた。お茶も、お茶菓子も美味しかった。小判形の白いお饅頭で、少し薄ピンクに染められている。照姫まんじゅうというそうだ。照姫さんを後で調べたら、太田道灌に攻められたお城のおひいさんとのこと。あんな戦の強いおっさんに攻められてさぞや大変だっただろうなと思うなどした(落城したようなので大変どころの騒ぎではない)。
私は陶芸家の木ノ戸久仁子さんの器でお茶をいただいた。西洋の御伽話に出てくるような青色だと思った。魔力がありそう。
お茶をいただいた後、様々な茶碗を触らせてもらった。白い、クラックの入った茶碗が一番触り心地がよかった。手でくるくる回していると人差し指が、茶碗の口にフィットしてなんだか面白くなり余計にくるくる回してしまった。「それは天目茶碗で」と講師の方が説明をしてくださる。天目茶碗て、曜変天目のイメージが強くて知らなかったが、あの形が天目というのか。格式高い器なのだそうだ。できるだけ回したるわあという気軽な心で触ってすみませんでした。
このお茶会は、とある勉強会の2部で、1部は焼き物の講義だった。芸術というものに気後れがしているが、芸術の見方を知りたくて、参加した。
今更ながらに紹介すると、講師は青山泰文さん。岐阜県多治見市の作陶家のお家柄出身で、陶磁器や美術作品の販売・企画の仕事に携わっていらっしゃる。
勉強会では様々な焼き物が並べられ、実際に触ることができた。内容は濃密で混乱したが、脳が濃密な雰囲気を体験としてインプットしてくれたので、いつまでも脳みそに残ると思う。
青山さんは批判する口も持ってらっしゃるが、私はそれが羨ましかった(美術品を扱うお仕事されてる方に何を言うかという話だが)。何かを悪いというのはとっても難しいと尊敬する椎名林檎嬢も言っていたが、私は本当に何かを悪いといのが不得意だ。または人が悪いと言っていないと自分も悪いと言えない性質だ。美術大学を出ていながら、芸術作品や世の物事に対して、人が是とするもの是とし、人が非とするものが非なんだと思ってしまう自分が嫌で変えたかったというのも、勉強会に参加した理由の一つだ。
昔から絵が描くことが好きで、でも展示会に積極的に行くような生活は別にしてなくて、風光明媚な土地には住んでいなくてルーツもなくて、仕事で挫折して休職している市井の人間だ。でも、突出した何かがなくても、メンタルがぐずぐずに弱くても生きていけると信じて様々な場所に繰り出している。その信念だけは私の誇れるところだ。えっへん。
才能がなくても、芸術に気後れがしていても、それでも知りたいことが沢山ある凡人として生きていきたい。その橋渡しをしてくださる勉強会だった。得難い体験だった。また行きたい。
そしてそしてだ。今回お茶を立てて下さったのは大槻香奈さん。10年以上前から、大好きな美術作家さん。今回のお茶室にも、作品が掛けられていた。作品を前に、泣きそうになったので頬の肉を噛んで耐えた。口角を上げて誤魔化した。是非作品を見てほしい。
記憶が薄れないうちに書こうと思い、レポートなんだか日記なんだから分からない文章になってしまった。興奮のままに書きました。楽しかったです。