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忌まわしい温泉旅行ー姉妹仕舞い

「お前、いい感じになったなあ。」
  義兄の粘りつくような視線に気づき、慌てて浴衣の胸元を正す。義兄の職場環境が改善されたのを機に多少なりとも病状が回復した姉が義兄の元に戻り、義兄発狂前から続けられていた毎年恒例温泉旅行を再開したのだ。
 空虚な形だけの心の無い家族旅行。隣で義兄がべらべらと薄っぺらい時局論を延々と述べる。父が力なく聞き流している。話は焼き物が冷えても続き、甥は硬くなった肉を食いちぎった。それでも、この家族を修復するしか、ないのだ。

 両親が温泉に入るために席を外したのを機に、義兄は姉の顔面に一万円札をビラビラ振り「オラオラオラァー!」とのたまう。その様子を見て私は硬直し、給仕の仲居さんの手が震える。甥は平然と、お茶漬けを口に漱ぎこむ。義兄の演説のような一方的な話の息継ぎの合間に、姉を温泉に誘い、部屋を出た。もう一刻も一緒に居たくなかった。

 翌朝駅で義兄がへらへらと手を振り、疲れるだけの2家族温泉旅行が一区切りした。温泉地から自宅まで私と両親は一口も口を利かなかった。形ばかりの土産物を冷蔵庫に入れ2階の自室に入ると、フローリングに積み上げられた履歴書が目の隅に写った。束ねて押し入れの奥に押し込んで肩で息をつく。はてはて、無職、未婚、アラフォーか。


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