トルクメニスタン・アシガバートからウズベキスタン・ブハラへ―陸路から国境越え(2019.1)
自己紹介
こんばんは、日高晋介と申します。ウズベク語をはじめとした中央アジアのテュルク諸語を言語学の観点から研究しております。今年度から、友の会ボスの吉村さんに「テュルク友の会」の活動にお誘いいただきました。今後ともよろしくお願いいたします!
今回のお話
私、2014年から2016年の間にはウズベキスタンに、2018年10月から2019年7月までトルクメニスタンに住んでいたことがあります。今回の話は、トルクメニスタン滞在時(2019年1月下旬)の話をしたいと思っています。
まずは情報収集
トルクメニスタンからウズベキスタンへ陸路で入国する際にめちゃくちゃ参考になったのが、下記バックパッカーのブログでした。まあ彼らはウズベキスタンからトルクメニスタンに行んですけどね…それにしてもバックパッカー生命力が強いというかなんというか。
アシガバートからトルクメナバートまで
まずは自分が住んでいたアシガバートからトルクメナバートまで夜行電車に乗りました。下記の地図は車で行った場合の所要時間です。電車で何時間かかったかは覚えていないのですが…
下記写真はトイレの中での一枚(上がトルクメン語で、下がロシア語)。テュルク諸語のどれかを勉強したことがある方なら、意味はわかるのではないでしょうか。写真中の絵もヒント。
開放寝台(プラッツカルトヌィ Platskart)だったため、現地の人々との交流もありました。外国人相手でも、ガンガン話しかけてきます。写真は、そのうちの一人でアシガバートのバザールで働いている人でした。私がその方の名前をひらがな・カタカナで書いてあげました。
トルクメナバート中心部から国境の町ファラップ、ウズベキスタンのアラトまで
それから駅前で乗り合いタクシーに乗り、国境の町ファラップにある出国審査場へ。この時もバックパッカーブログの情報が役に立ちました。
乗り合いタクシーで大変運が良かったのが、ウズベク側に親戚のいる女子と知り合えたことでした。この女子、大変押しが強く、私を引き連れ「観光客だから」ということで出国審査場での列を飛ばしまくり(もちろん手続きはちゃんとした)、無事にウズベキスタンに入国、さらにウズベク側にいた、その女子の親戚が、アラトにある、ブハラ中心部まで連れて行ってくれるタクシー乗り場まで、車で連れて行ってくれました。
そしてブハラ中心部へ
それから、ブハラ中心部まで行くタクシーに乗り換え、宿付近までむかう。事前交渉では20,000スム(約2ドル)だったのが、20ドルを要求され、激怒し、「お前とはもう話さん!(10倍ぼる気だったのかこんちくしょう!)」と言って、事前交渉通りお支払いしました。
その後、宿で荷物を預けて、駅まで行ってタシケント行きのチケットを買ったついでにラグマンを食べたり(トルクメニスタンではラグマンの店を見かけなかった)、手持ちのドルをATMでチャージしたり…。ドルが引き出せるATMがあるなんて、隔世の感がありますな~などと感じましたねえ。少なくとも2016年の6月まではそんなものはタシケントでもありませんでした。
…とまあ、こんなそんなで無事にブハラに付いたのでした。ウズベキスタンの主要な観光情報とかはネットにあふれているので、たまにはこういう脇道に逸れまくった情報もいいのではないかと思い、書いてみました。少しでも中央アジアの雰囲気を感じてもらえたら幸いです。続きは好評だったらまた書こうと思います!では、Ko'rishguncha!(また会いましょう!)