科白劇舞台『刀剣乱舞/灯』綺伝いくさ世の徒花、改変 いくさ世の徒花の記憶感想(8/9 ライブ配信) 地獄(いんへるの)に咲く一片の愛の物語

 というわけで、刀ステ最新作の感想です。

 今回は状況が状況ということもあり、チケットにはまったく恵まれず、配信のみの視聴です。
 基本的に配信は見た内容の確認という感じで見ることが多いのですが、科白劇は初見だったので感想をまとめるのに苦労しました。

 登場人物が様々な想いをもって歴史改変を望むのはいつも通りなのですが、科白劇綺伝に関しては、その方向性が人物によってそれぞれ違うように感じました。
 皆が神の国を望みながらも、どこかバラバラで歪。美しいけれど、足元には黒いものが澱んでいるような世界。
 まあすえみつさんの舞台はだいたい足元が黒い気がしますが。

 物語の舞台は1596年の慶長熊本。
 特命調査に先行調査員として赴いた地蔵行平と古今伝授の太刀。
 熊本城を拠点に神の国を築き、盟主となっていたのは、蟄居を命じられていたはずの細川忠興の妻・ガラシャだった。
 ガラシャの父にして本能寺の変を起こした明智光秀、細川忠興を元主とする地蔵行平は、あろうことがガラシャを守るために熊本城脱出を試みる。
 古今伝授の太刀はこの異常事態を歌に託し、窮地を切り開くための増援を待つのだった――
 
 元々の綺伝ができなくなったことにより、科白劇という形態に変更、同時にタイトルも「綺伝 いくさ世の徒花」から「改変 いくさ世の徒花の記憶」に変わりました。
 私はもうこの状況ですら刀ステの世界に組み込んでいくことにテンション上がっちゃいましたね!
 まるで今回の公演そのものが特命調査になってしまったようなそんな感じがして良かったです。

 講談師の神田山緑氏の口上によって幕が開く刀ステ、味があって良い。
 語り手が存在するのはなんでかなと思ったら、これ別の本丸の再現ドラマだからなんですね!
 歌仙兼定が取り出した戦績資料は別の本丸の慶長熊本調査の報告。この本丸と似た事例があり、客観的に分析するのに役立つだろうと資料を開く……という体裁で進んでいくんですが、また面倒な構造にしたなーっ!
 でも、報告書の外と内の視点がちゃんと切り替えられていたので、大きな混乱はなかったです。

 別の本丸で、慶長熊本に出向いたのは歌仙兼定、山姥切長義、にっかり青江、亀甲貞宗、獅子王、篭手切江の第三部隊。
 話の筋としては、ガラシャと忠興の物語/地蔵と歌仙の物語に、黒田孝高と長義の時間軸と刀剣男士という存在の考察が絡んで入り乱れる構成となっていますが、ほんとにどんどん複雑になっていくね刀ステは。大好きなんだけど一度では覚えきれないよ。
 時系列順に言うとまた混乱しそうなので、まずは主にいくさ世の徒花というタイトルの主軸となる、ガラシャと忠興周辺の感想を書きたいと思います。

 地蔵が刀剣男士の本能に反して、ガラシャを討たず、歴史改変を推し進めてしまう。元主である細川忠興、明智光秀、そして地蔵菩薩の逸話を背負い、葛藤する姿は維伝の肥前に被るところがあります。
 地蔵は……すごく難しいよね……ガラシャの夫/父の想いと地蔵菩薩の慈悲、刀剣男士の本能に揺れながら、ガラシャを姉上と呼び、その手を取る。
 神の国の盟主ガラシャは既に地蔵の知ってるガラシャじゃないのに、彼女を救いたいと願う。けどその願いはただの願望でしかないために、熊本城を出た後のことは眼中にない。ただ逃げたい、逃したいという気持ちだけで動いている。この辺顕現レベル1って感じですね。
 物語が刀剣男士を強く補強する要素ではあるんだけど、歴史を守るという本能と噛み合うまでには時間がかかるのかなあ。ガラシャも地蔵が囚われているのは自分の物語だと指摘していますしね。
 それを差し引いても、地蔵がガラシャに与するというイレギュラーの発生は、地蔵が特別弱いというわけではなく、不安定な状態で最初に出会うのが細川ガラシャだったというのが一番の原因なのかも。

 七海ひろきさん演じる細川ガラシャ、凛として美しくて、それでいて靭くて、蛇のような女という逸話に見合うキャスティングで素晴らしかった。
 蛇は誘惑の蛇のほうかな。だとしたら忠興が飲まれてしまった女に地蔵が飲まれてしまっても不思議じゃない。
 しかも地蔵は優しいんですよね、間違った歴史の上に立つガラシャを救いたかったわけですから。ただ、その救い方は正しい歴史を守るシステムとしての刀剣男士でなく、慈悲深い地蔵菩薩の性質が強く出ているように思う。

 で、このガラシャと忠興、最初は憎しみを表に出す。ガラシャは忠興が側室を迎えた不義を詰り信仰に傾倒し、忠興はキリシタンとなったガラシャに裏切られた恨みから彼女を殺そうとする。
 鬼の亭主に蛇の妻、という逸話そのものの激しさを持つ二人。
 既に冷え切った夫婦にも思えるが、話が進んでいくにつれて、そう簡単に割り切れるような結びつきでないことを、嫌でも思い知らされる。

 憎くて憎くて、愛おしい。
 殺すなら、その手で殺して欲しい。

 どうしてその手で殺さなかったのか、はガラシャが序盤でも口にした台詞だけど、忠興に向けて言い放ったときとでは表情も声音も全く違う。
 忠興も全く同じことを言いながらガラシャを殺そうとするから天を仰いだよ!!! 殺し愛〜〜〜〜〜!!!
 ガラシャが歴史改変してまで望んだ死なんだけど、これあっさり高山右近に阻止されちゃうんだよね!!!
 高山右近は忠興とガラシャの関係そのものを愛していたが故に、ガラシャを殺そうとした忠興をあろうことか斬ってしまった。

 忠興の死にガラシャは叫ぶ。
 忠興の心を知りたかったのではなく、罪を許されたかったと。
 愛する人を憎んだ罪、それを許せるのは私を蛇と呼んだ忠興だけだったと。

 ……なあ!! 忠興より脚本家が鬼では!?!? 知ってた!!
 しかもこの後に忠興と玉の新婚時代エピとかぶっこんでくるのなんなんすか??
 ここの歌仙、めっちゃ良かったんだよね。長男が生まれて可愛がってる二人と一緒に愛でてるのよ歌仙が。尊い景色すぎる。ここが神の国か? って感じなのに、さっき起きたあの地獄はなに???
 ありえん。にっかり青江くんも心配するし私も心配だよォ!
(にっかりくんは心配するふりしてただけで歌仙のこと信用しまくりだっけどな!)

 忠興から与えられるはずだった死を迎えられず、ガラシャは変貌してしまう。
 物語的には終盤に向かって追い詰められてるところなんだけど、ガラシャ様第二形態が宝塚仕様すぎてバックに大階段見えたし羽根もあったわ…………元タカラジェンヌを有効活用している…………。
 薙刀振るうガラシャ様めっちゃかっこええな……実装してくれ!!!
 
 最後は歌仙が忠興に代わってガラシャを討つんだけどさ、討った後に着物で血を拭って「風流にはほど遠い」って言うんだけど、そうすることで三斎様の心をなぞりたいと思ったんだろうか?
 庭師を串刺しにした刀の血をガラシャの小袖で拭った逸話には風流じゃないって言ってたのに。

 地蔵があの人(ガラシャ)の気持ちを知ったふうに言うな!って叫ぶけど、忠興とガラシャが本心ではどう思ってたかなんて、当事者でもない、同じ時代に生きたことすらないのに、わかる必要があるかなあ。
 少なくとも、綺伝のガラシャは忠興に殺されたいと願うほど、強く想っていた。
 二人の間にあるものを、愛と呼ぶには痛々しすぎるけれど、私はやっぱり愛だと思う。
 忠興の玉を愛しく思う心は地蔵に、玉を斬らねばならないという決意は歌仙に託されたんだろう。

 維伝の感想のとき、陸奥守は元主を斬ったけど歌仙は何を斬るのかなあとか言った気がするけど、元主ではなく、元主の愛したものを斬ったね。
 元々歌仙は忠興に対してあまりいい印象がなかったみたいだし、風流じゃないって反発してたけど、あの忠興一家を見て幸せそうな歌仙がいたことが私は嬉しかったよ。
 色々思うところはあるし、完全に受け入れられたわけでもないけど、それでも元主を認め、敬愛してるんだなって改めて思った次第。

 綺伝は愛の物語だったな。
 ガラシャが歴史改変した理由もそうだけど、大友宗麟や黒田孝高が神の国を支えたのは多くの同志への愛ゆえだったし、高山右近はガラシャと忠興夫婦そのものを愛していたし、地蔵もガラシャへの愛を覚えた。
 それぞれの愛が集まり、ごしれて、からまったような話だったので、どんな話だったかを一言で説明するのが難しいし、一言では足りなさすぎる。

 ところで、これまで愛、愛と連呼して来たけど、当時の日本語における愛は仏教由来の言葉で、色欲の意味が強かったらしい。
 キリスト教布教にやってきた宣教師が、日葡辞書を編纂する際、神の愛の概念を表す言葉として選ばれたのは『大切』。
 この物語を想うとき、愛よりも大切のほうがより心情に近しい言葉だと私は思う。

 以上、すごく真面目に書いた感想は終わりです。
 ここから後半戦に入ります。
 考察とかは得意じゃないので気になるところ引っかかるところに触れつつも八割くらい山姥切長義の話。
 思いついた箇所から書くので、時系列とかバラバラです。

 どこかのインタビューで誰かが綺伝の出陣部隊はエリートって言ってたけど納得の刃選だったな。
 各々交渉能力が高そうだし実際高い。それが思う存分発揮されてるのは長義と亀甲。獅子王と篭手切もそれなりに話運びが上手い。にっかりさんは主導権は握らないけどフォローが上手いし、歌仙も義伝辺りならまごついていたであろうけど、カンストしてるかカンストに近いので、見ていて安心感半端ない。

 山姥切国広と長谷部はどうにも口下手/嘘が下手ときている。それはそれで美点でもあるのだけど、カンスト近くなっても「刀で語る」(物理)連中だからなあ。
 維伝の面子もそこそこノリと勢いでいってしまうし、肥前は単独行動だし、南海先生はフリーダムだし。
 過去のあれこれを思い出すと、綺伝は少年誌から青年誌に移ったのかと思った。

 その長義。綺伝では本当に見どころが多かったので私は嬉しい。
 梅津先生の考えた最強の長義がおったわ……最高じゃん……梅津先生、最高だよ……。
 いや梅津先生は慈伝リリイベんときにぼそぼそとしかし恐ろしいほど的確な長義像を語ってたから、むべなるかなって感じですけど。
 公演後の記事も読みましたが、昨今の若手俳優陣のブログの中では梅津先生の文章が一番好きですね。
 今後、文章の仕事も増えてもおかしくないし、あったら拝見してみたいです。

 長義と亀甲、大友宗麟と黒田孝高のシーンが大変好きだ〜。長義の打点が高えーってなるし、ジョ伝推しだし。
 特に黒田孝高とのやり取りが何度見てもいいな。
 大友宗麟の生きたいという願いや、黒田孝高の歴史が連綿と続く人の営みならば、改変されて生き延びたのならこれも正しいことだという主張にも、未来から来た刀剣男士は全くつれない。
 改変された歴史は歴史ではなく、歴史を守るのは正義ではなく本能と言い切るわけですけど、ここまではっきりと割り切ってるとは思わなかったし、人間ではないって言う長義がまじ長義で最高じゃ〜〜〜んって気持ちになる。本陣乗り込む前の神の子ハラスメント(?)もよかったね〜〜。
 なんとなくですが、慈伝の時よりもいっそう自然に長義だなあと思いました。強い。強いぜ長義。
 美しいが高慢! よっ! 本科山姥切〜〜〜!!(掛け声)
 
 そういや元の本丸の長義が黒田孝高の様子が違うって言ってたけど、戦績資料の中の本丸は如伝を経験している本丸ってことでいいかな?
 黒田孝高が別の時間軸の自分の記憶があるって言ってたのが気になる。
 思えば森蘭丸も足利義輝も別時間軸の記憶保持者(蘭丸は未確定だが)だから最早当たり前なんだけど、他の本丸には発生してない現象なんか?
 他本丸も同じ場所への出陣を繰り返しているはずなんだけど……やはり結いの目のせい??
 結いの目が絡まった時間軸は一本だけだと思ってたけど、実は二つの本丸が関わっているのでは説見かけてから、どこかで二本、三本巻き込んでる可能性もあるなあと思いはじめた。
 仮説とかは何も思いつかない。

 他になかった出来事は、獅子王・篭手切江が飯屋で遭遇した忠興と右近の言い争いのところか。
 指摘されてたのはこの二点くらいだったけど、触れてなかっただけで他にもあるのかな。
 余談だけど、飯屋で獅子王がやってた小烏丸モノマネ上手かった。
 獅子王と篭手切は本筋にはあまり関わらなかったけど、清涼剤だった。
 獅子王が大友宗麟に神はいるって言ってあげたの優しいなって思った。
 長義はその辺無慈悲だからな〜まあそれが長義の良さなので変えろとは言わないし、獅子王という付喪神が神を肯定するのは獅子王の良さで、つまりどちらも最高。

 今回、科白劇ってついてたけど、ほんといつもの刀ステだったな〜。アンサンブルがいないことでちょっと寂しくなるのかなーとか、講談師に違和感あるのかなーとか覚悟してたけど、まったく杞憂に終わった。
 すえみつさん、刀ステを実験場にしてる?? いいね、私そういうの大好き。長生きして。

 は〜! 次の刀ステ新作、ステアラで豊臣かーっ!! もう絶対見たいよーっ!!
 回を重ねるごとに目が離せなくなって困る。
 楽しみです!!
 
 長くなったのでこの辺で切り上げます。お疲れ様でした。

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