超短編 開演前

男、女(2人とも19歳くらい)が2人で開演前の客席に座っている。
女、当日パンフレットに落書きをしている。

女「描いた!どうかな?」
男「(笑って)いやいや。それは上手いって言われたい人の絵じゃん」
女「え?そう思ったなら上手いねって褒めればよくない?」
男「なんで相手の機嫌のためにわざわざ嘘つかなきゃいけないんですか?」
女「嘘つかない方が不誠実な場合ってあると思うんですよね」
男「田中さんって不思議なこと頻繁に言うよね」
女「え、原村さんに言われたくないんですけど」
男「当パンに落書きするのがそもそも理解できないんだけど」
女「え?どういうこと?」
男「当パンってすごい神聖なものだと俺思うんだよね」
女「あーそれ分からない」
男「あー、そういうとこ俳優だよね」
女「は?舐めんなよ、最悪。私の尊敬する人にはそういうこと言う人居ません」
男「ていうか、なんか、狭めだな」
女「すごい狭い」
男「コロナ禍経てからこんなつめてる客席初めてかも」
女「強気ですよね。人きはじめたらヤバそう」

男、当日パンフレットを見る。

男「『彼氏とかいないの?』」
女「ね、タイトルからしてなんかね。人いないから言うけど、クリープハイプみたいな芝居っしょどうせ。いや、クリープハイプはいいんだけどさ、クリープハイプに影響受けてる男ってダサい率高いじゃないですか?鴨野君が今回その殻を破ってくれるのかっていうのが個人的には今回の期待してるとこですね」
男「『彼氏とかいないの?』」
女「出演者の子から話聞いたんですけど、内容ヤバいらしいですよ。多くは語らんが」
男「あ、いや、『彼氏とかいないの?』」
女「ん?あ、田中が?」
男「うん、田中さんが」
女「え、....どっちがいいですか?」

沈黙

女「とか言ってみたりして(笑) だる(笑) きも(笑) すみません一旦死んどきます」
男「そういうちょっとドキッとしちゃうようなことをさ、こんなどうでもいい人にも言えちゃう人なんだよね田中さんって」
女「いや、どうでもいいなんか思ってないですよ」
男「...え、俺の事、なんていうの、混乱させようとしてる?」
女「あ、は、は」
男「やめてそのザ・愛想笑いみたいな」
女「すみません」

沈黙。

女「鴨野くんの作品好きですか?」
男「劇団名はいいよね」
女「確かにね〜」
男「作品は正直俺には分からない。皆はいいっていうけど」
女「私もクリープハイプ系の芝居はちょっと」
男「田中さんめっちゃそれ言うよな」
女「原村さんはクリープハイプとか聞かなそうだからいいですよね」
男「いや聞くけど」
女「やだ、チャラ〜い」
男「田中さんの方がチャラいと思うけどな」
女「私クリープハイプ聞かないもん」
男「なにその線引き」
女「私チャラくないって」
男「え、じゃあ彼氏いないってこと?どうなの?」
女「...え〜?今失恋したいんですか?」
男「...マジでぇ?」
女「いや嘘ですよ(笑) いません」
男「なんで嘘つくんだよ、もうやだ、てか客席でこんなやり取りしたくないんだよ俺は。もう何もいいません」
女「原村さんって私の事めちゃくちゃ好きですよね(笑)」
男「...え、なんでわかったの?」
女「スケスケだよ」
男「まじでぇ?」
女「あ〜おもろ、素面でこのやりとり」
男「あ〜俺、めちゃくちゃ恋愛弱者だ....」
女「まあ私も好きなんですけどね」
男「は?」
女「まあお芝居終わったらまたじっくり話しましょう」
男「...そりゃないぜ。あー何か復讐したい」
女「復讐?」
男「はい」

男、女の靴を思っきり踏む。

女「痛っ!!」
男「加減とか無いんで」
女「(笑う)」

男、女の手を握る。

男「こんなやり取りから、愛って生まれるんですか?」
女「知りませんよ」

二人はそのまま開幕を待つ。

制作「本日はご来場いただいてありがとうございます。...(などなど注意事項)」

制作の案内が終わると、男は女の手を強く握り直す。

女「...きっも(笑)」

芝居が開演するまで20分ある。

終わり。

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