「未来向きの今」を、これからも。『アイカツ! 10th STORY ~未来へのSTARWAY』
この映画を語るとき、おそらく誰もが「私とアイカツ!」に思いを馳せずにはいられないだろう。なので少しばかり、前提となる自分語りに付き合ってほしい。
私がアツいアイドル活動と出会ったのは2021年の夏。以前からアイカツ!シリーズを強く薦められていたものの、1シリーズどれもが平成ライダーや大河ドラマを凌駕する話数を誇るそれらに踏み出すには中々勇気が必要で、のらりくらりとフォロワーからのレコメンドを避け続けたものの、「CV:上田麗奈のアイドルがいる」という殺し文句を受けて『アイカツスターズ!』からその門をくぐることとなった。
シリーズ2作目にあたる『スターズ!』は、初代『アイカツ!』を観た今でこそわかることだが、前作から大きな作風の変更に踏み切っていた。必ずしも努力がその場で実ることもないし、陰口を叩くような人間もいる。果ては、「アイカツシステム」なる姿形のない存在から下される理不尽なジャッジによって、挫折し涙する者もいた。だが、いや、だからこそ、夢に向かって一歩ずつ着実に、泥臭くとも「積み重ねていく」アイドルたちの物語は徐々に熱を帯びていき、100話という決して少なくない話数を全速力で駆け抜けて、その先にある晴れやかな空を見せてくれた。
その頃にはもう、アイカツ!にメロメロだった。ただでさえバリエーション豊かな楽曲群は歌い手が変わればまた違った表情を見せ、アイドルの数だけ夢と努力のドラマがあり、それらが時に交わりぶつかり、切磋琢磨の日々はどんどん尊いものになっていく。大河ドラマを超える話数は、彼女たちの生き様を描くのに不可欠な時間だったのだ。積み重ねた分だけ、重みが増すアイドル活動。その勢いは止められず、次はいよいよ『アイカツ!』に歩を進めていった。
トップアイドル・神崎美月に魅せられた星宮いちごの「アイドルってすごい!」という初期衝動から始まった物語は、スターライト学園という名のアイドル養成学校への入学からスタートする。多種多様な個性を持つ少女たちのセルフアピールの連続。初代の頃から冴え渡っている楽曲群。そして世代交代を軸とした継承のドラマによって、『スターズ!』の重力に魂を引かれていた私は首根っこを押さえられたような衝撃を覚え、神崎美月⇛星宮いちご⇛大空あかり、という流れで渡されていく憧れのバトンが描く軌跡に、何度も泣かされた。
それから22年公開の劇場版に間に合わせるような形で『プラネット!』を観て、次に『フレンズ!』を、そして『オンパレード!』でアイカツ!行脚を終えたのが2022年末。一年半かけて合計400話以上のTVシリーズと劇場作品を何作か。出退勤時にアイカツ!シリーズの楽曲を聴き、疲れた身体を癒やすようにアイカツ!を観る。最早ライフワークに数えられるくらい、『アイカツ!』と一緒に毎日を過ごした時間が、たしかにあった。
アイカツ!と出会って良かったことと言えば、希望を与えられたことだ。2021年と言えば今なお猛威を振るう疫病によって生活様式の変更を余儀なくされて一年が経った頃であり、それでもなお混乱は治まることなく、日常を脅かされ続けていた年。減り続ける売上と度重なる娯楽や催事の縮小に生きる気力を見失い、休日はやがて来る平日に向けて体力を回復させるためだけにただひたすらベッドで眠るだけの、虚しい日々に成り代わった。
そんな荒んだ毎日の中で、フアンに笑顔を届けようと努力して、何より「自分自身が楽しむこと」を諦めなかったアイドルたちの姿は、とても眩しかった。努力が実らなくても、毎日をがむしゃらに生きていく。疲れたら泣いたっていいさと声をかけてくれる。作品や楽曲が訴えかけるメッセージに「救われた」と感じた回数は、手足の指じゃとても足らない。
だからこそ、今は『アイカツ!』シリーズ全てが愛おしく、初めて完走した女児アニメシリーズであるからこそ、自分の中で贔屓目に推してしまっている。『アイカツ!』で広がったSNS上での交流は、今なお毎日の支えとなっている。今の私を形作った作品に『バーフバリ』が挙げられるのだが、その横に並べるとしたら『アイカツ!』になるだろう。アイカツ!おじさん紳士の言う「アイカツ!は人生」とは、私にとっては誇張表現ではない。アイカツ!と共に生き、アイカツ!に生かされてきた時間があるからこそ、その言葉は自分の身体に染み渡るような感覚がある。例え一年半という期間であっても、受け取った勇気は「本物」だと思えるからだ。
それでは、本題に入りたい。ここまで2,000字近くを費やして何を示したかったのかと言えば、私自身は決して『アイカツ!』がこれまで走り抜けた10年を一緒に歩んできたわけでもない、たかが一年半沼に浸かっただけの新参者ですよ、ということだ。シリーズが辿ってきた歴史についての知識も浅いし、『フォトカツ!』だとか過去のライブなどの諸々には触れてもいない。故に、10年追ってきたファンとは同じ熱量にはなり得ないだろうし、そのことを明言しておいた方がフェアだな、と思っただけに過ぎない。全員がそうしろ、という圧力には思ってほしくないし、とはいえ立場を表明しておかないと居心地が悪い。これはもう自己満足の領域だと思ってくれて構わないので、ここまでの文章は重たく受け止めないでいただけると幸いだ。
では、『アイカツ! 10th STORY ~未来へのSTARWAY』は何を描き、この新参者は何を感じ取ったのか。
※以下、本作のネタバレを含みます。
公開日に解禁されたBD-BOX情報によれば、本作は全3話によって構成されている。なるほど確かに、OPやEDが挟まってもおかしくない地点や切り替わりの箇所の跡を感じることができたし、劇場版と銘打っていないのも何やら事情があるのだろう。
そして、2022年に『プラネット!』の劇場版と併映される形で上映されたものが1話だとするのなら、続く新規パートの2話は、驚きの連続であった。事前に予告されていた卒業記念ライブの様子を時系列に沿って描かず、TVシリーズ最終話から数年後、いちごたちが22歳になった地点から、物語が動き出すのだ。
かつての学び舎を離れ、ソレイユを活動休止させたいちご・あおい・蘭。彼女たちはそれぞれが自分の夢に向かって各々の場所で努力し、目の前のやりたいことに向き合っていく。「これもまたアイカツだな」と蘭が言うように、彼女たちが送る日々の本質は変わっていないのかもしれない。ただそれでも、彼女たちは確かに“大人”へと歩を進めていたのだ。一緒にステージを造り上げていくスタッフを気遣ういちご、自分の表現を広げようと模索する蘭、そして海外の大学で学びを得ているあおい。彼女たちはもう、自分の歩きたい道を知り、親友に会えない寂しさにかられ涙を流すこともない。同じ空の下で繋がっているという想いを三人が共有することで、“三人でソレイユ”の誓いは今でも生き続けていることが、「MY STARWAY」を聴く姿から伝わってくる。
そんな日々の中でのささやかな楽しい時間。年を重ねたユリカ・かえで・らいちを招いての鍋パーティのシーンは、アニメ的な誇張を廃した、我々の現実と地続きのものとして描写される。パフェやオムライスを嗜んでいた彼女たちは、今ではお酒が飲めるようになり、この歳になるまで酸いも甘いも噛み締めてきた。大人になることとは、そういうことなのだ。身体や心が成長して、アイドルといえど責任がより求められる立場になり、生きることは“いろいろ”と複雑になっていく。
らいちの「仕事の話はしないんですね」という何気ない言葉により、このシーンの質感はより鮮明になっていく。このシーンは、いわば大人版『エンジョイ♪オフタイム』に相当するものだ。仕事の楔から解き放たれ、友人たちと楽しい時間を共有する。その一時の間だけ、彼女たちはあの頃の少女に戻ったような気がする。たとえ、嫌なものや蓋をしたいものを、お酒で飲み込んだとしても。
この行為に、見覚えがあると感じた人は多いはずだ。それは彼女たちにとっての、そして私たちにとっての日常そのものであり、スクリーンの先で綺麗に輝いていたアイドルたちも私たちと同じ人間なんだよ、と公式から投げかけられる。当たり前のことなのに、いざ目の当たりにすると、どこかショックを受けたような気がする。彼女たちはもはや、イノセンスだけでは立ち行かない立場へと身を置くしかなかったのだ。
木村隆一監督によるこの言葉が示す通り、本作は「かつてアイカツ!が好きだった子どもたちへ」に向けられた作品だ。そして、「10th STORY」を冠する作品を作る際、決して本作を同窓会映画にはしなかった。
たとえば卒業ライブと称して、過去のヒットナンバーを束ね、ダンスシーンを2022年の技術でフルリメイクしたものをメドレー的に編集する。それでもフアンは喜ぶし、当然涙を流したことだろう。でも、そうしなかった。思い出を思い出のまま氷漬けにして、劇場に駆けつけたかつての子どもたちや紳士淑女のノスタルジーを刺激するだけでは終わらなかった。だって、『アイカツ!』は前に進み続ける物語だから、だ。そのために彼女たちは歳を経て、大人になって、その姿を私たちに見せつける。それが木村監督以下、全スタッフとキャストがフィルムに焼き付けた矜持であり、覚悟なのだ。
大人になった彼女たちの姿が描かれる2話を経て3話、時系列は逆転し、スターライト学園卒業記念ライブの模様がついにベールを脱ぐ。
トライスターとぽわぽわプリリンによる「Signalize!」という特大のファンサービスから幕を開けたライブは、ルミナスによる卒業生への手向けとなる新曲「TRAVEL RIBBON」を経て、ソレイユへの挨拶へと移る。
ここで語られた言葉が、この映画が作られた意義とイコールと考えてもいいだろう。ここまで支えてくれた人たちや、フアンへの感謝。そして、卒業までの三年間を頑張り続けたが故に今の自分がいて、だからこそ頑張ってきたこれまでの自分へ、そして“キミ”へと、お疲れ様の言葉をかけてあげる。楽しいことばかりじゃなかった、辛いこともいっぱいあったと思う。それでも、ここまで生きてきた。星宮いちごから向けられた、劇場に駆けつけた無数の“キミ”たちへの目線と言葉は、これまでの積み重ねを肯定し、抱きとめてあげる優しさに満ちている。
奇しくも、別のスクリーンで上映中の新海誠最新作『すずめの戸締まり」とも近いメッセージを打ち立てた本作。生きてきたという、途方もなく難しいことなのにただ当たり前に流れ続ける日々の連鎖。それを乗り越えてきた今の自分を無条件に肯定してくれることが、こんなにも心を満たしてくれるなんて。
本作をハッキリと「救い」だと感じた所以はここにあって、私や今この文章を読んでいるアイカツ!フアンが感じる「アイカツ!と一緒に生きてきた/歩いてきた」という実感を、作り手が肯定してくれたからだ。アニメを観た、筐体で遊んだ、友達とアイカツ!について語り合った、楽曲やストーリーに励まされた……。そうした無数の「私とアイカツ!」を抱き締めて、万感の「ありがとう」で返す。観客と制作陣のアイカツ!愛がもたらす相思相愛の関係を、半ばメタ的に映画に取り込んでしまうこの手法は、そっくりそのまま「人生への肯定」に接続する。だからこそ嬉しくて、涙が止まらない。
そして映画は、次の段階へと移行する。頑張ってきたこれまでの努力が今の自分を作る。そして人生はこれからも続いていく。歩いてきた自分を抱き締めて、また歩き出す時がやってきた。いちごたちが(制作陣が)伝えたいメッセージが込められた楽曲「MY STARWAY」が歌い上げるのは、未来の自分に向けてまた歩き出そう、という宣言なのだ。
今という時間は、全て未来の自分へと繋がっている。だから、歩みを止めてはいけないんだ。いつだって観る人の背中を押してきた『アイカツ!』は、最後のライブでも初志貫徹を貫いた。それは「“未来向きの今”を生きていこう」という自分自身と私たちに向けたエールだ。
“何てコトない毎日”の積み重ねこそを尊ぶ『アイカツ!』だからこそ、このメッセージを打ち立てることができたと思う。がむしゃらにやって、失敗することもあるかもしれない。それでも、みんな大人になっていく。その喜びも悲しみも全部、自分の糧になっていく。だから、また一緒に歩いて行こう。“この道の先ならきっと大丈夫”だから、“いってきます”、と。
『アイカツ!』は、観る人の人生に寄り添ってくれていた。そのことを描いてくれた本作は、私たちにとって大切な宝物になるだろう。そして今、いちごたちがそうしたように、私たちも自分自身の未来に向けて、歩き出す時がやってきた。無論それは、生易しいことではないし、挫折もたくさん経験するだろう。でも、その時は『アイカツ!』を思い返せばいい。この作品はあなたの心を休める止り木になってくれるはずだ。“受け取った勇気でもっと 未来まで行けそうだよ”と歌ってくれたように。
次は、「SHINING LINE*」を受け取った私たちの番だ。少しでも未来が輝かしいものになるように、明日から日々を頑張っていこう。そんな力を与えてくれる作品と出会えた喜びに満ち足りた今、伝えたい想いは感謝、ただ一つだ。
アイカツ!を薦めてくれた人、アイカツ!行脚を見守ってくれた人、そして『アイカツ!』シリーズに携わってくれた全ての人々へ。もらったバトンを握り締めて、暖かい気持ちを授けてくれて、ありがとうございました。いちごちゃんたちの未来を信じられるエンディングにしてくれて、ありがとうございました。
アイカツ!、ずっとずっと、大好きです。