3rdライブ千秋楽の翌日に読む『アンカーボルトソング』
ドーモ、伝書鳩Pです。
シャニマスの告知がこの湿度だった時はたいてい「来る」ので、ハチャメチャに身構えていました。3rdライブ福岡公演day1でおれと千雪の結婚が発表されたのと同時に告知され、day2開演前にお出しされたこの予告動画を観た瞬間、オタク一同が薄桃色の再来を予感して震えだすという壮絶なTLが流れ、これはもうドエラいことになるぞと、帯を締め直して、挑んだわけです。結果としては、死んだは死んだけど安らかに死ねた、といったところです。ありがとう、アルストロメリア(ここでAnniversaryが流れる)。
あらすじを簡潔に済ませてみよう。アルストロメリアの三人は、それぞれ忙しい日々を送っていた。千雪はネットの音楽番組のMC、甘奈は化粧品のプロデュース、甜花はバラエティ番組のレギュラーを任せられるようになり、活躍の場面をどんどん広げている。その分、ユニットでのお仕事が減り、忙しさのあまり三人のスケジュールも嚙み合わず、ファンからも心配の声が挙がるようになっていった。ソロのお仕事もきっと大切、だけれど、ファンに寂しい思いをさせているのなら、今の頑張りに意味はあるのだろうか。
アルストロメリアは、三人で一つの花。言うまでも無く、感謝祭や過去のイベントコミュでも繰り返し描かれてきたユニットとしての在り方が、少しずつ揺らいでいく。それぞれがユニットを大切に想うがゆえに、もっと頑張ろう、もっと輝こうと前に進んでいった結果、どうしようもなく「変わってしまった」ことに気づいた三人。その様子を見たプロデューサーは、多忙を承知でユニットでのミニライブを設定する。トレーニングという形でようやく揃った三人は、完璧に調和の取れた踊りを見せ、プロデューサーはその後の時間を自由時間とした。三人が三人でいられる時間。その中でアルストロメリアはこれまでを振り返り、これからを語り合う。
ずっとこのままでいるなら、ずっとこのままじゃいれない。アルストロメリアがずっと三人で、アイドルでいられるためには、立ち止まっているわけにはいかない。それぞれが各々の置かれた場所で悩み、頑張って、結果を出さなければならない。芸能界が人気商売である以上、選ばれなければ、見向きもされなくなってしまうから。だから今、一人で頑張る時間も決して無駄ではないと、千雪は語る。これまで好きでいてくれた人のためにも、これから好きになってくれる人のためにも、そして何より、三人がアルストロメリアでいられるためにも。
変わらないで、三人が一緒じゃないと嫌だ、という人もいる。何より、甜花自信も、恐らく甘奈も千雪も、同じ気持ちなのだろう。それでも、変化は止められないし、変わっていかなきゃならない。だから三人は「匂わせる」ことを思いつく。三人が同じ景色を見て、一緒にいることを、ファンに届けよう。アルストロメリアは、三人で一つの花、ソロのお仕事が増えても、これだけは変わることのない「根っこ」を胸に、これからも三人でいよう、と。
それは宣言であり、決意なのだと思う。「アンカーボルト」とは、建築物や設備を固定するために打ち込まれるボルトのことらしい。資材と資材がバラバラにならないように強固に繋ぎとめる、誰にも見えないけど確かにそこにあるボルト。どんどん大きくなっていく工事中のビルのように、日々変化していく中でそれを支える、大切な部品。それがあれば、離れ離れでもアルストロメリアでいられる、確かな絆。お互いがお互いを大切に想いあうからこそ生じる悩み、葛藤、そして愛と優しさ。これまでのアルストロメリアの軌跡を振り返り、その根幹をもう一度見つめ直す、そんな物語。
演者の不在さえもドラマに昇華させてしまうシャイニーカラーズだけあって、3rdライブ千秋楽の翌日に実装された、という事実に対しても「意味」を感じ取ってしまった。例えば、アルストロメリアの三人が揃ってライブに出られるということが、一体どれほど尊いことなのか。これまでの公演に参加できなかったことへの想いを語った白石晴香さんのMCを聴いた今なら、まさに一つ一つのライブが奇跡なんだと、肌で感じ取れる。
当然ながら、キャスト陣は『アイドルマスター シャイニーカラーズ』だけを背負っているわけではない。当然他のお仕事があったり、やむを得ない事情でライブに出られないことは珍しいことでもないだろう。それぞれ別の事務所に所属するキャストが一堂に会するように、裏では綿密なスケジュール調整が行われ、大勢の人の苦労と汗水の結果ようやく実現したライブで、アルストロメリアが三人でアルストロメリアでいられること。今後、作品の展開が続いても、キャストが著名になったり、(こんなこと口にしたくもないのだが)怪我や病気によってキャストが揃わない機会が増えてくるかもしれない。
アルストロメリアがアルストロメリアでいられる。そんなライブは、一体あと何回残されているのだろうか。作中に登場するファンの声のように、私とてアルストロメリアが三人揃わなければ、思う所も出てくるかもしれない。〇〇がいなくて寂しい、という気持ちを一番重たく受け止めているのは当然キャストやスタッフの皆様なのに、私は無責任な呪詛をSNSに垂れ流し、作り手の方々を傷つけてしまうかもしれない。白石晴香さんの涙、近藤玲奈さんの不在を背負ってステージに立ち続けたイルミネの二人と、近藤さん自身が秘めた想い。そういったものに考えが及ぶほどに、衝撃を受けてしまった。
それからもう一つ、千雪が語る「思い出には勝てない」という一言が、何か“引っかかった”。その違和感の正体は、シナリオ実装の翌朝、6月1日の出勤時にようやく思い当たることになる。
「THE IDOLM@STER SHINY COLORS 3rdLIVE TOUR PIECE ON PLANET」福岡公演は、言うまでもなく素晴らしかった。初の全国ツアー最終公演、ついにソロ曲リレーも完結し、新たにSHHisも加わり圧巻のパフォーマンスを見せ、コロナ禍に振り回され苦い想いをしてきたであろうキャストとスタッフの集大成が詰まったday2ラストの「Resonance+」は、配信勢で良かったと思うくらいに涙腺を刺激された。その興奮そのままにシャニマスPと感想を語り合い、翌朝はどこか現実感を失ったまま、機械的に仕事をしていた。
そう、思い出には勝てないのである。楽しくて、いっぱい笑って泣いた二日間。その時間が終われば、マスクの息苦しさを我慢しながら、誰もが仕事や学業に追われ、余裕のない日々を過ごしている。思えば、旅行や友達と目一杯遊んだ後は、いつもそうだ。楽しかった分の反動で、現実の辛さが身に染みる。
思い出はいつだって綺麗だ。作中のSNSで話題になったアルストロメリアのスライドは、ファンが見ることができる風景のみで構成されているのだろう。その裏で彼女たちが何を思い、悩み、涙を流してきたのかは語られず、甘く優しい時間が流れる三人を、ただひたすらに切り取った楽園。それは何も悪いことではなく、何もかも曝け出すのが当然だとは思わない。だけど、「三人のアルストロメリアが良かった」とつい投稿してしまう作中のファンは、ライブの楽しい思い出に縋って現実を直視しない自分となんだか似ているような気がして、少しだけ気が沈む。
とても近い感性を投稿されているnuさんの日記が、これまた刺さる。以下、引用させてください。
「昔はよかった」と口々に人は言う。青春を駆け抜けた日々の記憶の美しい側面が、心の中でいつまでも輝きを放ち続ける。そこにあったはずの苦労は大抵記憶から抜け落ちている。目の前の今が苦しい状況の時ほど、思い出に目を向けると眩しい。過去の最も美しい記憶に浸り続けていられるのなら、それが一番楽しいことかもしれない。現在の可能性がだんだんとわかり始めてくると、過去に向かう郷愁は比例するように膨らんでいく。思い出の輝きはきっと振り払うことはできない。ずっと心の中にあって、知らず自分を照らしている。その眩しさに、ときに目が潰れてしまうほど。
過去と現在を並列に比較することはできないのだ。「過去」が蓄積された記憶なら、「現在」とは精神に渦巻く感情で、両者はどうしたって性質が食い違う。
生きている限り、人生は終わることなく、人は歩き続ける。いつか思い出になる日まで、アンカーボルトの音は響く。
人は生きていくのなら、変わっていくしかない。今まさに世界情勢が目まぐるしく変化し、大なり小なり誰もがその影響を受けている。生死にかかわるものから、些細なものまで、この世界に生きる誰もが「あの頃」には戻れないし、昔とまったく同じに戻ることは、たぶんないだろう。失ったものは取り戻せないし、不可逆な変化に苦しめられ、今抱えている悩みがもっと膨れ上がったり、人生がより難しくなっていくかもしれない。
今、私は人生を楽しめているだろうか。少なくとも、「苦しみ」は増えたなぁと、パンデミック以前を振り返ればそう思ってしまう。そんな時、シャニマスの物語や楽曲が支えになることもあるし、他のコンテンツにも支えられながら、なんとか生きている。変わっていくことは避けられないし、先が見えないと変化は不安を産んでばかりだ。じゃあ自分の「根っこ」は何だ?と言われたら、シャニマスを始めとする、愛すべきコンテンツの諸々になるはずだ。
今の目標は、「次こそ現地に行く」である。地元福岡のライブも外し、その輝きを目に焼き付けることが出来なかった悔しさと憧れを胸に、次なる羽ばたきの瞬間には立ち会えるように、生きて行こうと思う。自分のアンカーボルトの歌が聴こえるまで、シャニマスPであり続けたいと思う。アルストロメリアの三人が揃ったステージを見て、いつか感情を爆発させたいと願ってしまう。大好きな物語が、目の前で花開く瞬間を見るまで、折れるわけにはいかないから。